So-net無料ブログ作成

2005年鹿児島熊本の旅(5) [2005年鹿児島熊本の旅]

■ 今日は熊本電鉄のお話。鹿児島から800系新幹線、新八代からはリレーつばめ号で熊本、そして815系の各停で一駅、上熊本液に下車したところから・・・・・・。今回も、今年の初めに発行した超小型メールマガジン『お出かけ通信』をほぼ丸ごと使ってしまいます。写真は全部、加工し直していますけれど。

 2005年12月11日:熊本電鉄 

(1) 駅を背にして左側に熊本電鉄の上熊本駅があります。なんだか、貧相なターミナルだなあと思って中に入りましたら、線路が一本、突っ込んでるだけでした。
 電車が居ました。あ~、懐かしの東急デハ5000で、両運に改造されていますが、カラーは昔の草色。大好きって車ではありませんが、懐かしい事!なんたって私が高校時代昭和29年でしたか、東横線にMc+T+Mcでデビューした軽量高性能車。学校帰りに渋谷で来るまで待って乗ったものです。オープンリールのテープデッキでの車内案内放送も新鮮でした。そのデハ5000が、今、現役で走っている。感動しましたね。

 この線区は、一本の電車が上熊本~北熊本間を交換無しで往復。朝の7時20分が始発、次が50分。毎時このペースで終車が20時20分。

 13時20分発、北熊本行きのデハ5000じゃあない、熊本電鉄では『5102A』に乗って車庫があると聞く北熊本駅へ向かいます。上熊本を定時に発車した北熊本行きの電車5102Aはのんびりと走って行く。直ぐに停まって韓々坂駅、この駅名はカンカンザカと読みます。ちゃんとMS-IMEに入ってます。線路は悪く電車はゆっくりと上り坂基調の線路を行きます。池田駅と打越駅の間には当鉄道唯一のトンネルがありました。10分も走れば北熊本駅です。
 
 北熊本駅は広い構内、留置側線も沢山ある大きな駅で、工場もあります。電車も沢山居て、ここでちょっとの間、電車撮影しようと北熊本駅の方にお断りして車庫に廻りました。
日曜日なので、工場従業員の方はいらっしゃいませんでしたが、ゆっくり見て回る事が出来ました。

(2) ここで、見たかったものは、第一には、元・広浜電車のモハ90形→モハ71、そして元・東急デハ5000形です。この2形式の電車は健在でしたが、もう一つ期待した、旧・静岡鉄道の電車が残っているかどうか探したのですが、すでに処分されたようでした。

(3) モハ71のお顔と台車ブリルMCB。

 これが『構内入替車』モハ71です。動くのかどうか良く判らない状態でした。小さくまとまって好感の持てる電車。
構内移動用ということらしい全長11mの小型の古典電車。1936年『広浜鉄道』のモハ90として生まれ、国有化、同形のモハニも居たとの事。モハニのほうは原爆で全滅と、機芸出版社刊『陸蒸気からひかりまで』に出ておりました。いいカタチですね。オリジナルのポール集電だともっと素敵と思います。
 
(4) 南海時代22001と呼ばれていた201A+202A。

(5) 東京都営地下鉄6000形だった電車、ナンバーはばらばらで、都営時代のものを引きずっているのかもしれません。顔の色の違うクルマが何本も居ましたが、数は数えていません。この元・三田線の電車が、熊電の主力として頑張って居りました。

 御代志行きの電車に乗りました。線路は悪く、スピードは出ないし、揺れます。沿線の人口はそこそこあるような地域をのんびりと走って行きます。確か、須屋あたりから、いきなり乗り心地がよくなりました。前方を見ると、線路が新しい。バラストも厚く、電柱はコンクリート、架線も新品。あとで調べたら須屋~三石~黒石と、国道工事387号の改修にともない、ルート変更で新しいのだそうです。

(6) やがて電車は終点の御代志市駅です。駅前には商店街らしきものはなく、コンビニがあったような、無かったような、どうも記憶がはっきりしません。がらんとした駅前広場はバスターミナルも兼ねています。線路も一本、行き止まりです。(今になって写真をよく見るとローソンのサインが屋根の上から見えてます)

 御代志駅発の熊本方面行きの電車は30分ヘッド、上りは夜の9時前に終わってしまいます。すぐに同じ電車で引き返し、終点の熊本のターミナル、藤崎宮前に向かいました。なんとなく、ウツラウツラ居眠りしているうちに、期待の併用軌道みたいな区間も夢の中。終点の藤崎宮前駅に到着してしまいました。ま、いっか!と簡単に諦めちゃう私です。

(7) 藤崎宮前駅は大きなビルの裏手に線路が一本突っ込んでいるだけという感じでした。昔は側線もあったようですが・・・・・。

(8) 熊本電鉄が建てたと聞く巨大なビルに隠れて、藤崎宮前駅はありました。ビルは、アミューズメントセンターで、温泉もあり、ガラス窓には巨大な女の子のイラストが描かれ、なんだかウンザリする光景です。

 矢印のところが藤崎宮前駅の入り口になっています。

 折角、ここまで来たんですから『藤崎宮』に参拝して行きましょう。駅前から向こうの方に見える神社の方向に歩いて行きました。立派な参道があって、その突き当りが神社。
 例によって、お御籤がありました。いろいろなバージョンがある。吃驚するくらいです。以下に五つのバージョンを列記。
 
・おみくじ(初穂料100円)
・七福神みくじ(初穂料200円)
・恋みくじ(初穂料200円)
・血液型おみくじ(何故か授与料200円)
  (銭亀、招き猫、小槌、熊手、だるま、かえる、のいずれかの肌守がはいってるそうです)
・だるまみくじ(初穂料300円)達磨さん形の立体です
 
 授与料と初穂料の違いは知りません。

(9) 参拝も済ませて、参堂を藤崎宮前に向かって歩いていると、左側に茶店がありました。『老舗くさは餅本舗』、自分で老舗は無いと思うけれど、感じの良さそうな店で、お品書きが出ている。
 
ぞう煮:  ¥1,050
ぜんざい: ¥  525
なっとう餅:¥  525
ちーず餅: ¥  525
あべかわ: ¥  420
いそべ:  ¥  420

 甘いもんには目が無いし、おまけに一日歩いていたので疲れました。ここは『ぜんざい』で一服と、入って行きました。『くさは餅』ってのが置いてあります。105円です。お店の名前になってるからには、食べてみよう。だけど、ぜんざいにもお餅が入っているし、その辺は交渉。二つはいっているお餅を一つにしてもらって、両方注文しました。
 
 左下の白い丸が、くさは餅・・・・フラッシュで光っちゃいました。くさは餅は、まあ、草餅で丸くてあんこが入っています。ぜんざいのお餅は、丸いお餅でした。
 お店のお姉さんとおしゃべりしながら、美味しく御馳走になって、体も温まり、疲れもやや取れました。『さあっ!』と気合一発でお店を出ました。


■ まだ、16時です。九州の日暮れは少し遅いので、もう少し、観光できます。これから、熊本市電の水道町停留所まで1kmもありません。宿に入る前に、ちょっと市電に乗ろうと、電車通りの方向に歩き出しました。
 
・・・・・・・・・・って訳で、次回は熊本市電に乗ります。

■■ 追 伸 ■■
 今回、熊本電鉄にいる元東急デハ5000の写真、小さいのが一枚ッきりですが、下記のURLから9月6日付のブログページ『故郷離れて・東急デハ5000』のもう少し詳しく書きましたので、ご覧下さい。
http://blog.so-net.ne.jp/mu3rail/2006-09-06 
熊本電鉄での様子が出してあります。

では、又!!!


nice!(0)  コメント(6)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

nice! 0

コメント 6

ヒロクン

熊本電鉄のレポートとても楽しく読みました。母が熊本生まれなので戦争中疎開して戦後21年までいましたので懐かしいです。当時は菊池まで延びていて菊池電車と呼ばれていました。今は電車も随分近代化され大型車両の都営地下鉄三田線6000系とは驚きです。この熊本電鉄地下化して都心に乗り入れるかLRT化して路面電車と相互乗り入れする計画があるようですね。
by ヒロクン (2006-11-16 11:57) 

gop

デハ5000、今渋谷駅前でハチ公と向かい合ってますよね(^^
http://wind.ap.teacup.com/ottotto/501.html
何も切らなくても...と思うのですが。
by gop (2006-11-16 13:02) 

秦野の里から

mu3様こんばんわ、元気で鉄分補給されていますね!
妙蓮寺在住していた小学生のころは毎日眺めていましたよ。
東急5000懐かしいですね、通称「青ガエル」今だに熊本で現役。
凄いですね!!貴重な画像を拝見できて超うれしいです!!
by 秦野の里から (2006-11-16 19:34) 

no

こんにちは。
三つの終端駅すべてが単線とは。
もうこれ以上需要が増えず、増発は無いという意思表示でしょうか。
現実は厳しいですねえ。
by no (2006-11-16 23:10) 

no

あ、ヒロクンさんのコメントに将来展望が書かれていますね。
by no (2006-11-16 23:22) 

む〜さん

■ 藤崎宮前から市電連絡の構想は空想レベルではなさそうで熊本電鉄のHPでも窺われます。しかし、改軌問題もあり、難しいだろうなあ。架線電圧はどうだったかしら・・・・・。北熊本の駅に熊本電鉄線内を走るLRVの合成写真が貼ってありました。

■ 東急デハ5001、車体短縮での路上展示はどうかなあと思ったりします。東急史にのこる画期的車両ですもの・・・・。まあ、会社の方針なんでしょうが。

■ 東急デハ5000は、現役ではありませんが、岳南電鉄でも、側線に何両も居ました。たぶん、今日現在も居るのではないでしょうか・・・・確信はまったくありませんが。このブログの下記のページにもありますのでご覧下さい。
http://blog.so-net.ne.jp/mu3rail/2006-09-07
去年の11月のお話ですけど。
by む〜さん (2006-11-17 09:30) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0