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広島岡山大阪:2000年(10) [2000年の旅]

■ 『広島・岡山・大阪の旅』第十回。2000年(平成12年)4月24日(月)~25日(火)の広島・岡山・大阪の旅、今回は岡山編の2回目です。

 朝食は電車で駅弁 

 2000年(平成12年)4月25日火曜日、岡山電軌東山線・城下電停前の、昨夜泊まったビジネスホテルからJR岡山駅まで、電車を撮りながら歩いて来ました。電停で数えて三つ目ですから、たいした距離では有りません。
 おなかもすいているので朝食です。朝ご飯は駅弁にしましょう。JR宇野線の電車に乗って朝食にしようと、駅弁屋さんで岡山駅名物の「桃太郎の祭ずし」950円を買ってホームに入りました。

(1) さすが、岡山駅の名物駅弁。絢爛豪華美味しかったですよ~。2,500円の大型、お土産バージョンもありました。

(2) 7時32分発宇野線の宇野行き639M、115系電車のクロスシート部で『祭ずし』を食べつつ、車窓を流れる風景を眺める。昔、D51が長い客車列車を引いてのんびり走った宇野線の沿線風景は、大昔の少年む~さんの記憶に有る風景とは全く違ったものばかり。山の形とか、すこしは覚えていましたが・・・・・。宇野駅到着は8時22分。これは、宇野駅、大岩がごろごろ並んだ山の形には見覚えがありました。駅は高架化され全然違った駅となり、その昔、宇高(ukou)連絡船乗換えのお客さんが、全力疾走した頃の面影は無くなっているように見えました。

 7分後に、この電車は折返し岡山行きの644Mになります。大急ぎで切符を買いなおして乗車。駅前の風景を眺める暇もありません。同じ風景を眺めながら9時15分には岡山に戻ってきました。

 一寸の間ですが、岡山駅を出入りするJRの列車を見物しました。

(3) 岡山駅11番線には、9時21分発の高知行き特急列車・南風1号2000系気動車が発車を待っています。

(4) 7番線には9時23分発、三原行き433M。115系。

(5) 6番線に居るのは、9時34分発、福山行き117系、サンライナー。

(6) 8番線で発車を待つ岡山カラーの115系(3扉)の脇を、コンテナ列車がEF66に牽引されて通過して行きました。

(7) その105系電車、伯備線・新見行き電車は9時46分発947M。


■ JR列車見物は、ほどほどに切り上げて、街に出て、岡山電気軌道の路面電車を撮影しましょう。

 その写真は次回・・・・・・!!!


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コメント 5

のり

「南風」。懐かしい響きです。
今から約40年前、両親に連れられて、母方の田舎「室戸」へ参りました。
大阪から「うずしお」、宇野からたしか「第2南風」で後免へ。そこからは土佐電鉄で安芸。安芸からはタクシーでした。
特急うずしおは、東海道全盛期の「つばめ」がそのまま西下した151系。
「全指定・展望車・食堂車・ビュフェ」という超豪華な電車です。「パーラーカーは取れなかった」らしく、その隣の2等車。上町線・阪堺線を見慣れた私には、はめごろしの窓など初めての体験。車外の音が聞こえないのに、ものすごく感動しました。
宇野では、むーさん様が書かれていますように連絡線に乗るため、走ったのを覚えております。
高松からは「第2南風」。当時は四国には特急がありませんでしたが、土讃線では、別格の急行でした。車番は覚えておりませんが、キロ28ではなかったかと・・・。すさまじいトンネルの数と、大歩危・小歩危渓谷の水の美しさは、鮮明に記憶しております。
by のり (2007-02-11 10:40) 

’80XE PA96E

(2)の写真の115系はかつて親の実家に遊びに行った時の鷲羽を思い出しますね。予讃線で宇和島まで行き、更に予土線の途中に両親の実家があります。昔乗った鷲羽は153系だったかもしれません。(昭和45~7年頃)
(3)の南国は、予讃線行なら「しおかぜ」でしたね。今のデザインの車両でカッコいいですが、あんぱんマン列車など私たちが乗りにくい車両もありますね。
どうも四国での車両は緑/朱のツートンしかイメージが無いので、今の車両を見ても、少し違和感があります。何年も四国に電車で渡ってないですからね。
by ’80XE PA96E (2007-02-11 14:22) 

住吉人

む~さん様、こんにちは。

同じ駅弁でも、現地で調達されて現地で食するのと、スーパーなどでの駅弁大会のイベントで購入して食するのとでは、気持ちが全く違うのではないでしょうか。 やはり、現地での食するのが美味しいかと思われます。

117系サンライナーの外観塗装は、鮮やかですね。 車内はオリジナルが維持されているようなので、これもうれしいですね。
by 住吉人 (2007-02-11 17:35) 

no

こんにちは。
宇野駅というと、当然連絡船時代のことですが、四国旅行の日程で一日だけポッカリ空いて、高松から宇野岡山と乗り継ぎ、新幹線開通直前の福山駅に福塩線の水色塗りの旧国電車を撮りにとんぼ返りした時の記憶があります。雨の中線に20系瀬戸が身体を休めていました。

(福山に行くくらいなら、なぜ茶屋町で降りなかったか、今にして思えば呆れて拳骨でも食らわしてやりたい気分です。)

宇野駅は、普通の駅になってしまったのですね。
by no (2007-02-12 01:26) 

む〜さん

■ のり様: 南風の名は懐かしい響きがあります。C58の引く客車準急、蒸気機関車はDF50になり、気動車キハ58系となり、キハ181特急から、現在の振り子キハ2000になって快速ぶりを見せています。今、キハ2000に乗っていると、大昔、千分の25、上り勾配を、ゆっくりゆっくり上っていった、蒸気機関車の喘ぎを思い出します。
■ '80XE_PA96E様: 私が昭和36年に乗ったのは準急鷲羽だったという記憶がありますが、153系でした。
アンパンマンの特急は、私も乗っていますが、降りて来るところを、知人に見られたくないです(笑)。
■ 住吉人様: 駅弁はゼッタイにクロスシートの車で走行中に食べたいですね。若い頃、窓全開のスハ43あたりで弁当を食った事を思い出します。窓からは『緑の風』と昭和30年代に騒がれ始めた『黄色のアレ』が流れ込んできます。でも、美味かった。(笑)(笑)。トイレがタンク式になって、心底、良かったなあと思います。
■ no様: 茶屋町にお降りになれなかったのは残念でしたね。と、言っても私も一回しか乗ってないのですよ。下記に私の旅行記があります。
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link247.html
昔の宇野駅は連絡船桟橋と跨線橋があり、懐かしい思い出が沢山あります。
by む〜さん (2007-02-12 20:58) 

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