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高知から東京へ1959年(1) [むかし噺(1)]


 1959年・昭和34年の7月、私が21歳、某工科系大学の4年だったときのお話です。夏休みに入るや否や、バイトで作ってあった旅費で、親戚の多かった土佐の高知までの汽車旅を致しました。若い頃から、現在まで、同じところばかり行って、新しい土地へ行く事が少ない私でありましたが、この旅では、「三重交通三重線」「井笠鉄道」「高知県奈半利の森林鉄道」などを訪問し、実りある旅が出来ました。この三つは、ホームページの「軽便展示室」にアップしてあります
 しかし、そこへ至る道中の写真は、断片的で、ストーリー性が乏しいので、ホームページには出しておりません。今回は、その帰り道の写真を、2~3枚ずつ連載します。途中、次々回あたりに。ちょっとだけ面白い写真も出てきますので、お楽しみに・・・・。

 高知から東京(1) 

 1959年・昭和34年7月の、高知から東京への帰り道での写真です。この旅では、往路、名古屋~大阪を関西本線の普通列車に乗り、前の夜の東海道本線の夜行列車で眠れなかった副作用で、途中、肝心の四日市から王寺までの区間を完全に寝てしまうと言う大失敗をしておりました。この帰り道では、大阪から名古屋へは近鉄に乗ってやろうと意気込んでおりましたので、大阪には昼くらいまでに入りたいと言う事で、高知から高松桟橋駅行の夜行・普通列車に乗ったのです。

(1-2) 夜に高知駅を出て早朝に高松桟橋駅に着くと言う夜行普通列車があったのです。その列車が、途中、四国山脈の真っただ中、吉野川の名勝地、大歩危駅でかなりの長い間、運転停車いたしました。機関車は新進のDF50でありました。深夜の大歩危駅、エンジンの音だけが響いて居りました。

(1-2) 駅員さんだったか、車掌さんだったかに聞きましたら、かなりの停車時間。三脚を立てての撮影になりました。何秒の露出?だったか、当然、忘れました。(1-1)の写真ではトリミングしてしまいましたが、ホームの人物が、こんなに流れてしまうくらい・・・・・・・。

(2-1) 大して眠れない夜汽車も高松桟橋駅に着き、宇高連絡船です。可動橋には、蒸気機関車が控車を連ねて航送する貨車を押し込んでいます。

(2-2) 間違いなく高松桟橋でした。(2-1)右上の銘板です。

(2-3) 機関車は8620形の8672、形式入りの立派なナンバープレート付きで、クルクルパァも、デフレクタ無く、じつに美しい8620でありますね。

 まあ、そんなこんなで、宇高連絡船(うこうれんらくせん)で宇野に渡りました。何時の間にか『うたかれんらくせん』と仰る方が増えまして、どうやら多数派らいです。どうも、鉄道連絡船が無くなり、フェリーが残っていますが、そちらの読み方は主流になってしまったと思われます。

 続きは、また次回に・・・・たいした写真もありませんが・・・・・。


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コメント 7

quatre-l

ハチロクの甲高いピョ~っていう汽笛が聞こえてきそうですね。
貨車に乗っている人たちの姿が、まるで鉄道模型のジオラマのよう。

「うたかれんらくせん」ですか。自分もなじめないなぁ、、、。
by quatre-l (2007-12-13 10:00) 

ファジー

まだ四国が無煙化する前の姿ですね。
すらりとした大正マドンナのハチロク・・・大好きです。
by ファジー (2007-12-13 15:57) 

manamana

うたか・・・初耳です。
ハチロクの先頭に繋がっているのは控え車「ヒ」ですよね。
最初は、一体何のための車両か理解できませんでした。
by manamana (2007-12-13 20:48) 

のり

たしか、国鉄が「宇高(うこう)連絡線」で、フェリーが「宇高(うたか)国道フェリー」だったと思います。列車が着くと、いっせいに駆け足で桟橋めがけて走り出したのも懐かしい記憶です。
by のり (2007-12-13 21:05) 

む〜さん

■ quqtre-l様: ほんとですね。8620の汽笛は可愛かった。1960年、国鉄品鶴線(品川~新鶴見~鶴見:貨物専用線)にハチロクの牽く貨物列車があったのです。うちの近所を15時過ぎに通りました。タイミングを見て見に行ったものです。
http://11.pro.tok2. com/~mu3rail/link108 -hinkakusen8620.html
■ ファジー様: なんとなく写した、連絡船に航送の貨車を押し込む8620。ネガを見て、あまりの美しさに見とれてしまいました。
■ manamana様: 以前、ホームページに『うこうれんらくせん』と書きましたが、掲示板にいろいろ書き込みがありました。幼い頃から『うこう』と読み慣わしていましたので、『うたか』には違和感がありました。フェリー航路は、鉄道連絡船と区別の意味で『うたか』と読んだのだそうです。
 控車『ヒ』は各地で種々なスタイルがあって面白い形式ですね。まるで、トフというか、チフみたいなのがあったりします。東京近辺ですと、汐留に居ましたね。
■ のり様: 仰るような事情で読み方が違うようですね。高松と宇野のマラソンは、幼い日から参戦しておりました。船が岸壁に近づく前から、お客さんの皆さんは、デッキに集まってウオーミングアップをしていました。あるとき、一つ前の船で着いて、次の船を待ち、走るお客さんたちを撮影しましたが、写真からは、私の腕が悪いので、緊迫感が感じられませんでした。修行不足だなあと思ったものです。そのうちに、ブログに出しますね。
by む〜さん (2007-12-13 21:16) 

なにわ

どうも四国ネタは書くことがなくて困りものです。おまけに高知、徳島へは行ったことがありませんので。
>のりさん
その通りです。フェリーは「うたか」です。あれは国道30号線の一部なのです。瀬戸大橋の料金の高さゆえに、結構利用客がおります。
だた、最近は明石海峡大橋~大鳴門橋経由で走る人が多いのですよね。
by なにわ (2007-12-15 19:38) 

む〜さん

■ なにわ様: 四国、なんとか時間を作っていただき、高知、徳島に是非おいでください。徳島には電車は走っておりませんが、高知には居ます。
土佐の高知は母の故郷、私も数え切れないくらい行きました。身内の身贔屓ですが、おいで下さい。
土佐電鉄、路面電車の古参です。車両も沢山、路線も鉄道ファン好みの場所も沢山あります。午前中に高知入りして、夕方まで路面電車をお楽しみ頂き、夜は海の幸をご堪能ください。
宇高連絡船は、高松駅のお弁当を持ち込んだり、船内のうどん店の讃岐うどんを食べ、瀬戸の絶景を楽しんだ想い出が沢山あります。真夏の夜中の客車航送で暑さに参った想い出も。そんな「うこう連絡船」の話をすると「うたか連絡船」だろ?!と突っ込まれてずっこけたり致します。(笑)
by む〜さん (2007-12-15 20:11) 

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