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二度目の近鉄特急1954年 [昔写真関西]

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pencil-red.gif 昨年の7月14日に一度このブログで取り上げた近鉄のモニ2300のお話を致しましょう。フィルムが見当たらず、アルバムに貼ってあった小さなプリントをスキャンして、御覧頂いたのですが、そのフィルムが出てきました。今回、そのフィルムからスキャンして、再び、ご紹介致します。原版がフィルムなので、前回より、かなりクオリティがアップしております。

 近鉄特急1954年・2300再び 

 1954年8月高校二年生だった私は、10日に及ぶ関西電車乗り歩き旅の最終コース、近鉄特急で、大阪上六から名古屋へ向かっていました。乗った電車は、すずか○号で、車輌は2250だったと思いますが、記憶は充分に薄れています。

(1) 此処は何処でしょう?高安かもしれませんツートンカラーのパンタ無しの電車がお休み中。当時は、特急以外は皆、濃緑色一色でしたから、充分に目立ちました。二色だし、この年、1954年に出来た、高性能試作車1450系、モ1451+モ1452の一両かも知れません。そんな事もTMSか何かで読んでいたようで、それでカメラを向けたのでしょう。
 色というものは、記憶に残り難いようで、はっきりした記憶が無いのです。上半分はクリーム色だったのですが、下半分は、グリーン系でしょうか?それとも、ブルー系だったでしょうか?私の記憶はぼやけています。
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(2) サイドは「d2D4D4D3」で、床下は空気関係でしょうか。台車は新型のようです。パンタが無いので、モ1452の方かなあ?と思います。
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(3) 台車部分を拡大してみました。これは、シュリーレンタイプで、気の所為かナンバーが1452に見えたりします。本当のところは、如何なのでしょうか・・・・・・?
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(4) 当時の大阪線の青山越えは単線でしたから、伊賀上津駅で列車交換。上六行の特急がモ2250を先頭にやって来ました。横型碍子の大きなパンタグラフがカッコいいですね。
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pencil-purple.gif 近鉄特急すずか○号伊勢中川駅に到着しました。ここで、1,435mm大阪線の宇治山田行電車から降りて、1,067mm軌間の名古屋線の近畿日本名古屋行特急に乗り換えです。

(5) 中川駅に停車中の特急。先頭車は2303です。1930年の登場したデ2200一族のスペシャルカーで、デトニ2300。普通座席、個室、荷物室合造の電車で、近鉄になってモニ2300、全部で8両あったと、Wikipediaにありました。
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(6) 電車を拡大してみましょう。この2303は1949年に、特急用のレクリエーションカーとなり、荷物室と個室は、広窓のサロンルームとなったそうです。この編成は、モニ2300+モ2227+モ2250系4連
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(7) ホームで電車を待つ人たち。右の帽子とワンピースでキメた女性は新婚さんでしょうか?
 中川駅の配線・ホームがわかりませんが、2ホーム3線でしょうか?真ん中が名古屋線、両側が大阪線だったのでしょうか?向こうのホームの電車は、何型でしょうか?ハテナマークだらけで、済みません。
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(8) 特急電車の右側を拡大すると、貨物ホームがあり、貨車が居ます。1,067mmの名古屋線には、貨物列車も健在だったんですね。
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(9) 2303の頬の辺りを拡大しました。
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pencil-purple.gif この日の近鉄での写真は、4駒しか写していません。3駒めと4駒めは、同じ中川駅停車中の「すずか号」なので、まあ、これだけです。
 名古屋線の特急は何型だったのでしょうか・・・・・・・。


coffee.gif 以上で、今日はお終いです。また、次回!!!!


タグ:特急 近鉄
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デトニ2300

 懐かしい写真ありがとうございます。2250系登場直後の写真でしょうか。リクリエーションカーは2250系になってからは編成の中で一両だけ異彩を放っていました。残念ながら私は布施駅で通過していくのを見ただけで、乗っていません。2250系冷房化に伴って格下げされたのではないかと思います。中川は帰省の時によく乗り換えました。確かに当時は3線のホームで名古屋線は両側の扉を開けていたように記憶しています。向こうのホームに停車しているのは2227系ではないでしょうか。車両と車両の間隔が空いているのと、貫通幌がつながれていないので、増結時か、解放時のような感じがしますね。近鉄では貫通幌を解放したままの状態での運転はほとんどなかったように記憶しています。中川駅はホーム数こそ増えましたが、閑散とした付近の風景は昔とあまり変わっていないように思えます。1450系は塗り分けの頃は見たことがあったのかもしれませんが、あまり記憶にありません。1300系の間に挟まれた1560系や名古屋線の6561系はよくおぼえているのですが・・・。しっかり記憶にあるのはベージュと青帯になってからです。
by デトニ2300 (2008-12-13 10:41) 

のり

貴重なお写真ですね。
はじめの写真は、雰囲気から見ても、「高安」だろうと思います。私も、ここを通過するたびに、なにか珍しい車輌はないか、と間を凝らしてしまいます。
近鉄の横型碍子パンタは、本当にかっこいいですね。「大型パンタ」という存在感があります。
レクリエーションカー2303の生きた姿に感動です。2200シリーズの幌のない姿も興味深いですね。
(7)のお写真、左の女性のファッションにも注目です。手にバッグを通し、白い手袋・白のハイヒール、髪も七三に分けているように見えます。とてもハイカラなお姿です。一方、紳士たちは、スーツの手に風呂敷のようなものが見えます。とても時代を感じる風景です。
 
by のり (2008-12-13 13:16) 

じろっち

1954年というと、鈴鹿サーキット誕生の8年前です。
当時の鈴鹿に、特急を走らせるほどの魅力があったんでしょうか?
鈴鹿山脈登山客目当てだったんですかね?

来秋のF1日本GPは鈴鹿で開催。
今回から、全席指定となりました。
(早い者勝ち防止のため)
元ホンダチームは、フェラーリエンジン搭載となるようです。
by じろっち (2008-12-13 22:03) 

じろっち

今日は電車に乗りました。
中吊り広告に、新橋停車場でトレインマーク展をやっている、というものが有りました。
私はトレインマーク(幕式でないもの)が好きなので、行ってみようかと思っています。
複製でも良いので、準急東海のトレインマークを見てみたいです。
(私の愛車は、色も形も80系電車のような前面デザインなので・・・)
by じろっち (2008-12-13 22:12) 

む〜さん

■ デトニ2300様: 真っ先にコメント頂き有難う御座います。ハンドルネームに御使用になる位ですから、お好きなんですね!
 2250が登場したあたりですね。私が関西の電車を見に行ったのは・・・・・TMSのスタイルブックの1953年版(表紙がC53だったかな?赤い表紙?)だったかに、2250が出ておりました。この小窓連続のサイドに、京成のクハ2250か、国鉄のキハ4500の顔をくっつけたような、フリーランスの設計図を書いたりしました。このとき、初めてモ2250の特急に乗れて、天にも登る心地でしたっけ・・・・。
 仰るとおり、向こうのホーム、モ2227の特急かもしれません。大阪方面から、宇治山田から、名古屋からのお客さんが乗り降りするわけですから、同時に停まる電車は三つとも特急だったかもしれません。
■ のり様: 矢張り高安ですか・・・・モ1450は当時、鉄道趣味の雑誌で読んで覚えていたようです。
 中川駅のホームのお客さんは、特急電車のお客さんのようで、旅を感じますね。
 大型のパンタグラフというと、欧州っぽい、阪和のモヨ100のパンタを思い出します。このとき、天王寺で見ました。すでに、モハ2200(違ったら御免なさい)と名前が変わってましたが・・・・。
■ じろっち様: 鈴鹿山脈登山客というよりも、大阪から伊勢・志摩方面、名古屋方面。名古屋からも伊勢・志摩、そして大阪へのお客さんが目標だったようです。桜井から中川への33パーミルの上り勾配を、オール吊り掛けでぶっ飛ばしていたんですから、近鉄特急、偉大だなあと思います。カルダン車になるのは、もう少し後の事になります。
 『すずか』は、特急のコース上にある地域名だったわけで、他に『あつた』、『かつらぎ』、『なにわ』などがありました。
 F1のGPといえば、あれは1960何年だったかに、晴海のモーターショウで、ホンダのF1マシンを見ました。昔のスタイルで、葉巻に車輪って格好でしたが、白い車体に日の丸だったと思います。
 トレインマーク展ですか、面白そうですね。汐留の方かしら・・・?
by む〜さん (2008-12-13 22:34) 

mymeな大家

長らくのご無沙汰失礼しました。
2300の顔がとっても格好いいですね。横型碍子も最高です。
最近の電車は、左右対称というのが少ないように感じます。
流行なのでしょうか。
ところで、本日久しぶりに南武線に乗って立川にいる友人に会うために出かけたのですが、分倍河原と谷保の間に新しい駅ができるようですね。ホームもできていました。確か、「西府」という名前になると記憶しています。
では、失礼します。

by mymeな大家 (2008-12-14 02:37) 

む〜さん

■ mymeな大家様: お久しぶりです。2300格好良いでしょう?!・・・・と、いうか、この2200一族のスタイルには痺れますね。国鉄で言えばモハ32~モハ43みたいな、連続する小窓、貫通型の前面、いいなあと思います。
 西府駅ですか・・・・全然、知りませんでした。府中の西で西府駅とは、苦しい命名だなあと思って、地図を見てみましたら、府中市西府町ってあるんですね。で、Googleのストリートビューで見ましたら、工事中の風景です。橋上駅らしいですね。直線距離で300mも無いところに、日本電気の府中があります。分倍河原~谷保間が2.8kmですから、成る程!と思いますね。20年度末に開業だそうですね。
by む〜さん (2008-12-14 06:16) 

まぢ3号

久々の近鉄ですねぇ。
こんな画像が見られて、とてもうれしいです。(^^)

で、1450の画像ですが、画面が右から左に流れているように見えますので、名張のように思えるのですがどうでしょうか?
でも、鉄道ファンなら進行方向右側の席に座るでしょうし、名張で固定編成を分けることも無いでしょうから、やっぱり高安ですかねぇ?

中川での名古屋線の車両ですが、まだ名古屋線は1067㎜なので、大阪線との接続特急用に整備していた車両と言えば、おそらく6301系、6311系、6331系かと思います。
6301系は張り上げ屋根じゃないので、6311系か6331系かなぁ??

どうなんでしょう? ちょっと調べてみようかしら。。。




by まぢ3号 (2008-12-14 13:07) 

まぢ3号

名古屋線特急車ですが、考えてみたら、6421系の可能性大です。

モ6421とク6571の2両編成。
車体は19m級で2250系と同じデザインです。

左側の一般車はちょっと分かりませんねぇ。
おんなじ形にも見えますけど?
by まぢ3号 (2008-12-14 13:18) 

デトニ2300

 この写真の当時、名古屋線の張り上げ屋根は南大阪線か転属していたモ6411系ク6561系とモ6421系だけだったと思います。6561系、6421系はノーシル、ノーヘッダーですから該当しないでしょう。写真の状況から2番線の表示が見え、間に名古屋線ホームの切れ込みがあるようなので車両は大阪方面行きだと思います。ライトの形状、張り上げ屋根、ウインドシル、ヘッダー有りから、2227系か1400系と思いますが、当時大阪線、山田線ローカルは2200系+3100系または2227系+3100(3110)系の2連でしたので、山田線と大阪線のローカルの乗り継ぎかもしれませんね。1400系は大阪口名張までは常に使用されていましたが、青山越えで使用されていたかどうかは私もわかりません。ひょっとすると1400系の可能性は捨てきれません。ちなみに6301,6331,6401系は張り上げ屋根ではありません。
 モニ2300系の貫通幌は私が気がついた頃には外枠だけになっていました。
by デトニ2300 (2008-12-14 13:33) 

manamana

残念ながら、「近鉄特急」という言葉から、
この写真の世界はイメージできません。
新性能車がほとんどいない時代から、
近鉄特急網は張り巡らされていたのですね。
近鉄の貨物というのも珍しいですね。
そう、伊勢湾台風のあと改軌でした。
それまでは貨物をやっていたんですね。
by manamana (2008-12-14 15:59) 

なにわ

張り上げ屋根で取り付けライトですので、1400か2227でしょうが、この時期に1400が青山峠を越えていたのか疑問ですし、そもそも塗装はダークグリーンでしょう。
お客さんの待っている両側ホームの線路に名古屋線の特急が入ってくる、つまり、向こうの編成は2227の上本町行きの特急ではないでしょうか。
当時の2250はまだ2編成しかありませんので。

1450はまた明日に。
by なにわ (2008-12-14 18:25) 

デトニ2300

>manamanaさん

 たぶん戦後すぐ昭和22年頃特急が始まったと思います。残念ながら開始当初は私も覚えていませんが、2227系と3000系を特急用に整備して、大阪-宇治山田、中川で連絡して6301系+6471系の中川-名古屋までの特急が走り始めました。特急運転開始後しばらくして私は故郷の岡崎から父の仕事のため大阪に移っていて、帰省の時はいつも近鉄特急に乗って帰っていました。一番悲惨だったのは特急指定席なのに2227系のロングシート部に座ったことで、あの時の悲しさは未だに忘れません。しばらくして名古屋線には6401系の特急車が増備されましたが、デザインは6301系と変わらず、1編成だけのため、当時小学生だった私は見分けがついていません。その後は2250系、6421系、10000系、6431系、10100系と特急陣が続きましたが、私は11400系登場と前後して進学のため上京し、その後は、21世紀に入るまで近鉄との接触はなく、鉄道誌で見るだけでした。敗戦後すぐの時代、進駐軍専用白帯車を知っていたり、上本町の日赤病院が進駐軍の病院だった頃を知っている古い世代ですが、当時の日本国内の情勢からも近鉄特急がいかに素晴らしい車両であったかはとても今日と比較できるものではありません。そんな古き良き時代を思い出させていただける楽しい写真でした。
by デトニ2300 (2008-12-14 21:03) 

じろっち

地名ですか、小田急もかつては明神・金時とか有ったようですね。

F1は来年から空力部品の制限が非常に厳しくなるので、外観が10年くらい前に近くなります。
(複雑な3次元形状の「付加物」が禁止になりました)
もしかしたら、ホンダ新参時のような「エンジンむき出し」まで回帰する可能性も有るかもしれません。
by じろっち (2008-12-14 21:18) 

たーサン

 小学校六年、昭和25年の頃、親戚のお兄さんに連れられて伊賀上野へ行くのに、上本町のターミナルステーションからグリーンの急行に乗りました。阪急宝塚線しか乗ったことが無かった私は
わくわくしました。
 乗り込んでから向こうのホームにブルーとクリームに塗り分けられた特急が入ってきました。いつも茶色の阪急しか見たことのない少年にとっては夢のような電車でした。
 五十年以上昔のことですが、鮮やかな記憶として残っています。
 スラリとした長い車体、ゆとりのある窓配置、大型の横型碍子
のパンタグラフ、幌付きの引き締まった正面、、、と素晴らしいです。当時の雑誌、鉄道模型趣味に人気投票で一位が半流モハ43系で2200は二位だったことなどを思いだしました。



by たーサン (2008-12-15 08:42) 

なにわ

まず、1450は51が上本町向きでパンタと制御器付、1452が伊勢向きでパンタなしでした。進行方向右側でシュリーレン台車(多分KD7)をはいているので、1452となります。

この当時の特急運用は6往復で、「すずか」と「かつらぎ」、「あつた」と「なにわ」は名古屋線連絡のために、中川で交換しています。途中駅で交換があるのは「すずか2号」と「かつらぎ1号」だけです。
というわけで、乗られた電車は「すずか2号」、向こうにいる電車は「かつらぎ2号」ではないでしょうか。
by なにわ (2008-12-15 14:24) 

む〜さん

■ まぢ3号様・manamana様・デトニ2300様・じろっち様・たーさん様・なにわ様: モニ2300へのコメント有難う御座居ました。それぞれ、レスが出来ず申し訳ありません。
 皆様、近鉄がお好きなのですね。近鉄は、私にとって、名阪奈伊勢を結ぶ広大なサービスエリアを持ち、特急ネットを運行する、憧れの電鉄です。初めてであった近鉄は、小窓がずらりと並ぶ、モ2250がスターだったときでした。以来、あのスマートな電車に憧れました。ビスタカー、スナックカーで、さらに快適になり、現在の最新特急車につながっています。我が家から名古屋まで僅か2時間台なのに、なかなか見に行けないで居ます。
 皆様のコメントで、この頃の近鉄特急について、さらに知ることが出来ました。
 以上、御礼でした。
by む〜さん (2008-12-17 09:25) 

コジマ

私にとって近鉄の魅力の一つは横型碍子です。
大阪線の大型パンタ+横型碍子
名古屋線の一枚シュー+横型碍子

支持方向も車体に横軸と平行があってどちらも最高です。




by コジマ (2016-06-17 23:52) 

む〜さん

■■ コジマ様:
 そう言えば関東に横型碍子は少なかったかもしれません。大きなパンタと合わせて、勇壮な感じだったですね。そこまで詳しく見てこなかったのは、ご指摘まで気づきませんでした。有難うございました。
by む〜さん (2016-06-19 20:57) 

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