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東武鉄道1954年(上) [昔写真関東]

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pen-para.gif 前回に、東京地区の国電:モハ41が鉄橋を渡るシーンを、常磐線の北千住~綾瀬間の綾瀬川の鉄橋と、皆様に鑑定して頂きまして、有難う御座居ました。その設定で、その後のお話を続けてゆきます。

 1954年・昭和29年8月のお話です。なにしろ、55年も昔のお話ですので記憶はかなりいい加減なのですが、写真はホンモノです。
 常磐線国電区間の綾瀬駅までは、たぶん上野からやってきたのでしょう。下車して、綾瀬川でモハ41を写し、国鉄鉄橋の下流にある橋で綾瀬川を渡り、何処へ行ったのでしょう。東武鉄道小菅駅でしょうか、同じく東武鉄道の五反野駅でしょうか・・・・・完全に記憶は欠落しています。メモすらないのですから、残っているフィルムの画像だけが頼りです。

 ・・・・・そういうことで、竹ノ塚駅まで来ました。先だって、舎人ライナーの終点からバスで行った竹ノ塚駅とは、全く違い、完全な田舎の風景。竹ノ塚まで行ったのは、別になんでもない、お小遣いの範囲で行ける限度だったのでしょう。

 東武鉄道1954年(上) 

pencil-green.gif 竹ノ塚駅です。側線では長物車にレールの積み込みだか積み下ろしだかをやっているのが写っています。電車の写真はありません。

(1) まあ、今の竹ノ塚駅からは想像も出来ないのどかな風景
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(2) この長物車、どうも履歴にいわくがありそうです。端梁にあいたバッファ痕跡の穴、イコライザつきの小型台車
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(3) 東武の線内専用、形式はチサ100なのでしょう、その104号・・・・という事は4両はあったのでしょう。貨車には珍しいトラス棒もついている。
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 これは、まったく私の想像なんですが、このチサ104、前身は客車だったのではないか?と思うのです。機芸出版の「私鉄電車プロファイル」には、東武鉄道がスタートした頃の客車、ホハ1とか、ホハ2のスケッチが出て居りますが、台車の形、トラス棒、等、床下はそっくりです。その客車の後の姿なのではないのだろうか????・・・・と。


pencil-green.gif ここは、西新井駅

(4) ここは、国鉄の駅か?と思うようなシーン・・・・C11が貨物列車を牽いて通過してゆきます。東武にもC11が居たのです。調べてみましたら、ナンバーはC112で、日車1945年製造、廃車は1963年だそうです。
 機関車の次位は、三軸の無蓋車トキ900形
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(5) 羽生行の普通電車クハ800形812とモハ7800形(7812かな?)。この一族は、大量に製造され、かなりのバリエーションがあるらしいけれど、詳しいことは判りません。妻面右下の銘板は東京・日本車輌・昭和xxxと読めます、製造年は拡大しえ見ると、昭和1X年に見えるけれど、国鉄モハ63が東武へ来てモハ7300、車体更新でもあったのでしょうか・・・・。その辺り迄が、私の探究心の限界で・・・・。
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(6) 車体側面ナンバー部分の拡大は、「クハ812 東武鉄道」でしょう。
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(7) こんな電車も来ました。元、特急用のモハ5312、でかいパンタグラフ、お椀形ベンチレータ、車体裾の切れ込み、大型の貫通幌枠、クロスシート。色は忘れましたが、マルーンにベージュだった気もする。乗務員ドアが片方しか無いってのもカッコ良いなあと思ったりします。元々は、1935年生まれのデハ10+クハ10と称したとの事。
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(8) 一両分を拡大してみました。この日は、如何いう運用だったか判る訳もありません。何となく、乗ってみたくなる、魅力的な電車です。
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(9) 番号部分の拡大・・・・モハ5312
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(10) 浅草行の電車に乗って、蒸気機関車と貨車を期待して、業平橋へ向かいました。その電車の窓から・・・・ここは、多分、西新井駅の工場への分岐あたりと思うのですが、如何でしょうか?荷電がいました。
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(11) ブリルMCB台車を履き、台枠丸見え、窓部分だけのウインドウシルとヘッダー、東武を絵に描いたような電車です。ナンバーはよく読めないのですが、ネガをルーペで見ると「モニ1170」と、見えないでもありません
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pencil-green.gif この日に写した電車はこれっきりです。せっかく東武まで来ながら、こんな程度。今、考えれば、何やってるんだ!って感じですが、当時としては懸命だったんでしょう。


coffee.gif 今回は、ここでお終いです。次回は、機関車・貨車を写そうと、業平橋駅まで行き、そこに居たのは・・・・・・・と、言う事でご期待下さい。


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写真(5)の銘板なんですが、拡大するとこんなになっています。ネガを25Xのルーペで見ても、これ以上には見えなかったので、製造年の10の桁は、はっきりしません。1とも2とも見える様ですが、2みたいな気もしますね。28年とすると、新車ですね。
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mymeな大家

こんにちは。
「ファイルの一覧」、ご参考になったようで嬉しいです。
ところで、78といい53といい、むーさんはこの電車たちの現役時代をごらんになって、感触を味わうことが出来たのですねぇ。なんて美しい形なのでしょう!78は高校時代に池袋駅を発車するクリーム色の78を見かけて感動した程度なんです。乗ろう乗ろうと思っているうちに、いなくなってしまいました。
53は貫通面にある、白い手すりと大きいパンタグラフが素敵です。
では、失礼します。
by mymeな大家 (2009-01-10 21:45) 

TH

5310系、東武博物館でデハ10時代の模型を見て大型の2丁パンタでカッコいいと思い、実物は見たことも乗ったこともないですが気に入りました。更新された3070系は乗ったことがあります。霜取り用パンタが付いて一応2丁パンタでした。
5310系は右側運転台で乗務員用扉の無い左側は客室と仕切られてはいるけれども2人掛けのシートがあったはずで運転席とも仕切られるので格好の展望席だったと思います。
フライング東上号用の5310系の写真で運転席の隣にお客が写っているのを見たことがあります。

東武つながりで、今年東武博物館のリニューアルに伴い近江鉄道に譲渡された東武最初の電気機関車ED4001が東武に里帰りするそうですね。
最初の電機と言っても戦前は唯1両で注文流れだったといわれていますが。
ED4001と一緒に5700系モハ5701も展示されるそうです。
従来の展示車両も含めて、私鉄の博物館では実物の数が群を抜いているのではないでしょうか。

蛇足ですが荷電の写真、西新井工場のところで間違いないと思います。背景の変電所の建物が良く書籍に載っている昔の西新井工場で撮られた写真に写っています。
by TH (2009-01-11 01:09) 

じろっち

きのう、テレビ東京で、九州から北海道まで各駅停車限定で温泉を巡りながら北上してゆくという企画の番組をやっていました。

個人で真似ると旅費が高額になってしまいますが、地元限定で真似るのは良いかもしれませんね。
神奈川では、湯河原・箱根・横浜でしょうか。

その番組の中に出てきた九州の観光客向け気動車が好きです。
観光頼みの九州と日常輸送優先の東では思惑が違うんでしょうが、平塚~熱海・伊東に、眺望特化車両を導入するのは良いと思うんですがねえ・・・
by じろっち (2009-01-11 05:59) 

む〜さん

■ mymeな大家様: 『ファイルの一覧』の件、感謝です。日頃の勉強不足、PCでのゲーム時間が長くなってる(それも、フリーセルとかソリティア)・・・・反省です。
 国鉄63形の延長線上に生まれた73~7800ですが、最終期には後ろパンタで随分、スマートになりました。後の8000に連想がつながります。初めてみたときFSの板バネにボルスタアンカの台車に痺れました。
 53は、いかにも優等列車用の風格がありますね。私は、こういうのが好きでして・・・・・・。二挺パンタだったようで、カッコ良さが倍増しますね。
■ TH様: 運転席のドアの無い側は客席だったんですか・・・・そんな特急で日光・鬼怒川あたりまで、乗りたかったです。
 ED4001が里帰りですか・・・・お目出度い事ですね。同じ製造年、製造所EnglishElectricの兄弟分ED3000(総武デキ1)の写真なら、私のHPのここにあります。
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link107-omiya5403.html
 モハ5700も展示されるのですか・・・・猫髭電車ですよね・・・・どこかに保存されていたんですね。1700もそうですが、東武さんは『ユニーク』なスタイルの電車が多かったですね。

 矢張り、あの変電書風の建物は、西新井の変電所だったんですね。有難う御座居ました。
■ じろっち様: そういえば、12chで夜、やってましたね。その時間帯、何やってたんだろう?どうも、民放さんの番組は、沢山のゲストが大騒ぎするってイメージがあって、少々、引いてしまいます。もっとも、最近のNHKも同様ですが・・・・。
 確かに、東海道本線の小田原を出て早川を渡ったあたりから、熱海、来宮と眺望は素晴らしいですね。子供の時代から、東海道の旅のハイライトでした。海の景色と、鉄橋の好きな子供でした。
by む〜さん (2009-01-11 08:56) 

Cedar

東武の電車。子供の頃北千住で常磐線の車内から見たときは『古臭い電車だなあ』と思ったものでした。3210あたりの印象でしょうか。
今こうして見ると関東武士の味があって痺れますねえ、当時の沿線風景にはぴったりのデザインですね。窓の小さな初期の車輌からデハ10系に至るまで一貫したデザインポリシーがあります。アメリカ型の電車が好きな私には大型パンタ、しかも2丁パンタというのがいいですね=む~様の5310の写真のパンタは原型ですね。

東武博物館に展示されるという5701、ちゃんと猫ひげ姿にしてくれるのかなあ~リニューアルオープン楽しみです。
by Cedar (2009-01-11 09:59) 

鉄道公園 期間限定

1954年というと僕が20歳の時ですね
大学生で専ら会社が用意してくれた国立と武蔵小杉、中央・山手
東急東横線を乗り継いで学校に行っていた時代です。

東武電鉄の800型、特急用の5300型は覚えていますよ
特に当時は国鉄も私鉄もマルーン一色でしたからあざやかな当時の色に魅せられました。
といっても物見うさんで浅草のホームに入ってくる電車、800型は池袋から発着する東武東上線にも使用されていましたから。

ところで鉄道博物館をただいまブログで開催中です。名前にふさわしく一挙に現代車輌を①~③まで公開しましたが旧国鉄車輌の力強さと郷愁、つい最近まで散々仕事で利用していた感じの車輌が勢ぞろいで改めて時の流れを感じました。
もうボンネット型特急とか101車輌を知らない若い人たちが出てきてるのですから。
今度は一気に明治・大正時代にさかのぼります。
全体で⑦ぐらいまで行きそうです
ぜひご覧ください。
by 鉄道公園 期間限定 (2009-01-11 12:16) 

鉄道公園 期間限定

大変失礼しました
上記URLでは裏舞台になります
かなりデータなど散らかっています
http://ameblo.jp/may1934/
こちらのアドレスをどうぞ
by 鉄道公園 期間限定 (2009-01-11 12:20) 

うたに

うわ~。東武7800形、懐かしいなぁ! ウチが小さい頃、東上線をたくさん走っていた(たぶん7820系だったかな。カステラ電車とか呼ばれてました)とは、ライトの形とかが違うんですね。
もし、タイムマシンがあったら…もう一度乗りたい車両です。
by うたに (2009-01-11 14:03) 

む〜さん

■ Cedar様: モハ3210が裾に切れ込みのある窓の小さな車体で走る。如何にも鈍重で田舎っぽく、好きになれませんでしたが、年齢を加えてゆくにつれて、改めて写真を見たり、昔の様子を思い返すと、これこそ東武の電車!もっと、想い出のタネの写真を撮っておけばよかったと思っています。
 デハ10:モハ5310は実に均整の取れた特急車だなあと思います。
 東武の博物館に展示が決まったと聞く、モハ5401、ちゃんと猫ひげで展示してくれると思います。そうあって欲しいです。余り好きな電車ではなかったけれど、東武を代表した時代もあったんですから。
■ 鉄道公園 期間限定様: 大宮の鉄道博物館に行ったのは、もう一昨年のことになりました。早いものです。ついでに行くというわけには行かない遠さです。暖かくなったら、二度目の見学と行きたいところです。
■ うたに様: 貴方様がご覧になった東上線、窓周りオレンジで、腰と窓上が灰色の時代でしょうか・・・・・。この電車にツートンカラーは似合わないと思っていました。やっぱりチョコレート色が良いなあと思うのです。
by む〜さん (2009-01-11 20:44) 

デトニ2300

5310系本当に名車ですね。私は急行用として5800系と共に活躍していた頃しか知りません。私の記憶違いでなければ青帯が合ったような気がしますが、5800系だけだったでしょうか。残念ながら乗る機会は無かったのですが、停車中の姿を見て、関東にもこんな名車があったのかと、再認識したことを思い出します。素敵な写真をありがとうございました。次も期待しています。
by デトニ2300 (2009-01-11 21:50) 

む〜さん

■ デトニ2300様: 特急車は青帯時代があったようですね。写真で御覧のように、1954年当時はツートンカラーで、帯はありませんでした。車体の裾に切れ込みはあるし、台枠まる見え、お椀形通風器、ノーシルノーヘッダでもない・・・一見、冴えない感じなのですが、見れば見るほど、味のある、良い車体ですね。
急行運用か何かで、浅草~北千住間だけ乗った気もしますが、記憶は殆ど無くなっています。
by む〜さん (2009-01-11 23:16) 

pointscale

はじめてコメントさせていただきます。
当時を偲ばせる鮮明な写真、感激です。

クハ812の製造年は昭和28年、銘板にもそう書かれていると思います。この車は全くの新造車です。

モハ5312は元のデハ10系特急車ですが、このときは現在の特急「りょうもう」の前身になる伊勢崎線急行専用車で、前年の昭和28年から運行が始まっています。おそらく整備したてなのでしょう。美しいですね。

西新井工場のモニ1170は、このとき工場入換車だったと思われます。この車は昭和36年に荷物電車として本線運用に戻りますが、代わって入換車となったのが、現在東武博物館に保存されているモハ1101(デハ5)です。
by pointscale (2009-01-12 00:08) 

manamana

東京の西の方に住んでいたので、
東武の電車はなじみがありませんでした。
意識しだしたときには、旧型車は更新されていました。
by manamana (2009-01-12 11:06) 

鉄道公園 期間限定

その鉄道博物館ですが、以前行ったときに101系電車を見て若い方が「なにこれこの電車」と父親に聞いてる光景を見ましたがわれわれがつい最近の101の引退のように思っていても20代の子はすでに101系を知らないということが実感として感じられ、自分も年がいったなあと実感しました。
そうなるとブルートレイン寝台特急20系客車もボンネット型特急ときもわれわれはこの間の近さ、しかし20代の子たちにとっては大正時代ぐらいの長さとして捉えているのかも知れませんね。
by 鉄道公園 期間限定 (2009-01-12 13:28) 

む〜さん

■ pointscale様: スキャンデータでははっきりしないので、フィルムをルーペで見てみました。僅かなカメラブレがあるのか、レンズの問題か、完全には読み取れず、一桁目が「1」だか「2」だか判り難いのです。一応、本文中に追加画像を入れておきました。
 モハ5312・・・・実に美しい長距離形電車ですね。シートもクロスとは言え今から見るとチープなものだったのでしょうが、自愛を考慮に入れれば、素晴らしい椅子だった事でしょう。
 モニ1170は、たしかに二色の時代の写真がピクトリアルの東武特集に出ていました。似合いませんでした。やっぱり、昔の東武電車は茶色が似合います。
■ manamana様: 昭和30年前後は、まだまだ、戦前の車輌が現役で働いており、東武に限らず、見応えがありました。ちょっと早めに生まれたお陰で、明治・大正・昭和初期の電車・汽車の現役時代を見る事が出来ました。鉄道ファン冥利に付きますが、お先にあっちに行かねばなりません。(笑)
■ 鉄道公園 期間限定様: 年月の経過は、実に早いもので、あの少年時代が、昨日のように思えたりします。僅かな期間の僅かな記録写真を若い方々にご覧頂こうと始めたホームページ『むーさんの鉄道風景』でしたが、多少はお役に立てたようで、初めて良かったと思っています。ブログのほうは多少、コンセプトは違いますが、現代と過去を絡めながら、書き込んでゆこうと思っているのです。お互い、頑張りましょうね!!
by む〜さん (2009-01-15 00:06) 

こがね丸

東武クハ812は、昭和29年日本車輌東京支店製です。モハ7812とカップルで登場しています。7800系(モハ7800~7819、クハ800~819、製造初年:昭和28年)は、東武に払い下げられたロクサン形(東武7300系)の後に増備された同社初の4扉車で、7800系はそのトップを飾りました。
私が高校1年生だった年の登場で、池袋で初めて見たとき、「国鉄の2扉43形を戦時中に4扉化したモハ31形を近代化したようなものだなあ」と思ったのを憶えています。もしも戦争がなかったら(あっても小規模だったら)、戦後に国鉄がこのスタイルの4扉車を量産したかも知れない、などと空想したものです。この後に続々と増備された7820系以降の吊掛け式東武4扉車は重苦しいスタイルにマイナーチェンジしていて、初期車の持っていた軽快さが消えたのは残念でした。
by こがね丸 (2013-11-24 15:26) 

む〜さん

■■ こがね丸様:
 東武に関して、コメント、有難う御座います。7800(7330)は国鉄から来た7300の進化した形の新造車ですね。東武らしく堅実にまとめています。台車も住友でボルスタアンカのついたカッコいいものでしたね。吊り掛けでしたが。
 私は城南・東急エリアに住んでおりましたので、東武にはとんと縁が無く、このときは、珍しく写しに行ったのです。いまは、スカイツリーで賑わう業平橋で写した、ボールドウインの22号機は英国型が圧倒的だった蒸気機関車群の異色機でした。がらんとした業平橋のヤードで、入換をしていたみたいですが、好きな機関車です。
 このときに会った戦前の急行用の電車たちが素敵でした。
by む〜さん (2013-11-24 19:59) 

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