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モハ32・飯田線・1955年 [昔写真国鉄]

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pencil-red.gif 1月30日付で書いた昭和29年夏の飯田線のモハ32(モハ14~クモハ14)ですが、翌年の春、1955年・昭和30年の3月にも、お目に掛かっています。
 高校の修学旅行が、京都&奈良。東京駅発・昼行の電気機関車(~名古屋)&蒸気機関車(名古屋~)牽引の客車の貸し切り列車で、東海道を下り京都まで。急行みたいな走りでした。
 豊橋でモハ32・・・・と書いてしまいますが、この頃はモハ14ですか・・・・でも、モハ32が気持ち的にしっくり来ます・・・・に遭遇、さらに、豊橋を出て、走行中のモハ32と、レースをやってしまったのです。

 モハ32/モハ14 飯田線 1955年 

pencil-red.gif 私たちの乗った、EF58(たぶん・・・・・)牽引の客車の貸切列車は豊橋駅を過ぎる。乗っている客車は、サイドの窓の感じで、どうやらスハ32です。 

(1) 豊橋駅を出て直ぐの右側には、飯田線の基地があり、沢山の電車・機関車が休んでおりました。モハ32がダブルルーフのトレーラーを従えて停まって居るのが写っています。モハ32で半分隠された箱型の電気機関車はED21(日立)でしょうか・・・・・。
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(2) 暫く走ると前方に飯田線の電車を発見。最後尾はクハニ67 みたい です。
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(3) かなり追いついてきました。 クハニ67  クハユニ56の荷物室の大きなドアが良く判るようになりました。
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(4) もう一寸で追いつきますが、そろそろ、飯田線ともお別れ。飯田線の電車は、4両編成で、電動車はモハ32らしい。サボは何となく辰野と読めないでもありません
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pen-para.gif icon-tsuika.gif  訂正と御礼 
 最後尾の車輌を拡大して追加いたしました。コメントでご指摘下さって、早速、原画像をよくよく見ましたら、間違いなくクハユニ56ですね。郵便マークらしきものも確認できます。ついつい勢いでクハニ67と書いてしまいました。アドバイス、有難う御座居ました。ノーシル・ノーヘッダーのスマートな車体の筈なのですが、側板、前面の工作が悪く、ぼこぼこしているのが惜しい。
 拡大して判った事、もう一つ、サボは「辰野」でした。
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(5) おお、小窓が連続する二両の電動車は、どうやらモハ32です。
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(6) 遂に追い越しですがカーブに掛かって飯田線は右に切れて行きます。モハ32・・・・美しい!!窓下の「 Ⅲ 」のマークも懐かしい。たしか、モハ32からモハ14に改番されたのは、二年前の昭和28年だそうです。そして、数年後にクモハ14と変わりました。二両目はクハ47でしょう。右端、 クハニ67 クハユニ56は便所装備で流石は196kmの飯田線です。
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coffee.gif モハ32の美しいサイドビューを眺めたところで、お仕舞いと致します。では、また!!


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デトニ2300

 旧型車良いですね。関西では、クハ47改造のクハ79、サロハ46改造のサハ78が城東線を走っていました。子供心に何とアグリーなと思いました。43系改造のモハ31や、クハ79はあまり気になりませんでした。そう言えば半流のクハ58改造のクハ79もありました。改造していない32系はやはりきれいですね。製造時のポリシーがはっきり出ていて生き生きしています。クハニ67は飯田線ではクハユニ56に改造されたと思いますが、この頃は改造前だったのでしょうか。いずれにせよ、今のぺらぺらステンに比べると重厚な造りが魅力的です。若い人はステンレス車が良いのでしょうかね。
by デトニ2300 (2009-02-06 08:11) 

む〜さん

■ デトニ2300様: 昭和30年代でしたか、戦前の2ドア、3ドア車を通勤対策で、どんどん4ドアに改造されたりしましたね。形式も派生して来て、もう、何が何だか判らなくなりました。
 角ばった、省線電車も良いのですが、半流線型のモハ41、モハ43なども、好きでありました。幼い日から青春の時代に、きっちり刷り込まれたのでしょう、いまの電車には、多少の違和感があります。

 クハユニ67の件、ご指摘有難う御座居ました。早速、本文に追記して訂正し、写真も一枚、増備致しました。感謝!!
by む〜さん (2009-02-06 08:53) 

サットン

修学旅行の車内から激撮とはさすがに筋金入りですね。

思えば私も修学旅行は全て鉄道のお世話になりました。
小学校=新大阪ー岡山 新幹線、中学=高槻ー塩尻、長野ー高槻 修旅専用車、高校=新大阪ー博多、小郡(当時)-新大阪 新幹線という具合です。なかでも中学で利用した167系修旅仕様車は今や貴重な経験です。帰路は夜行でしたし。
娘が間もなく高校受験なので各校の資料を見ていますと「修学旅行は北海道とオーストラリアから選べます」とか。時代は変わる。
by サットン (2009-02-06 10:20) 

む〜さん

■ サットン様: 修学旅行がスハ32とオハ35を連ねた客車列車、牽引機がEF58と、C59、いま考えたら夢の列車ですよね。
窓全開で撮影に夢中でした。大学に入って、何年だったか忘れましたが、車内が網棚だらけの修学旅行電車の試乗会に参加しました。
中学校で北海道で驚いたら、オーストラリアもアリですか・・・・吃驚なんて物じゃあありません。
by む〜さん (2009-02-06 12:54) 

Cedar

旧国(この言葉もいまや定義が難しい?101系や153系も旧国かもしれないです)の面白さのひとつに、合造車があります。
クハニ、サロハ、クモハユニ・・・クハユニ56の半流非貫通の顔は好きです。子供のころよく利用した常磐線でもこの顔のクハニ67が大好きでした。
by Cedar (2009-02-06 13:55) 

ファジー

この当時、まだWルーフの電車が現役でいたんですね。
見たかったです。乗ってみたかったです。

私も修学旅行で昭和48年に臨時急行十和田で上野から旅立ちましたが、車窓からみたEF571の雄姿はいまだに忘れられません。
スロ62の窓から精一杯顔を出して写真を撮りました。
EF57のファーストナンバーは、パンタがひっこんでいて穏やかなお顔でした。
by ファジー (2009-02-06 15:18) 

む〜さん

■ Cedar様: 私のイメージの中では旧型国電というと、63→73の系統辺りまでになっています。ドライブ方式が釣り掛けのものって感じです。
 合造車は、大昔には沢山あったようで雑誌で読んだ、オイネテとか、ナイネイ、なんてのが印象に残っていますが見たことはありません。モハユニ、クハユニくらいでしょうか・・・・。現代はモハニ、クハニは、無いようですが、客室に幕を張って、インスタント・モハニは時々見ましたけれど、今もあるか如何かは判りません。
半流の国電と言いますと、モハ41とか、モハ43(広窓)の張り上げ屋根のが好みなのです。
■ ファジー様: 高校時代、昭和27~31年、電車通学で山手線をよく利用していましたが、モハ30→モハ11000(でしたっけ?)も、たっぷり乗りました。オデコについていた警笛も印象に残っています。この形式は結構お好みで、選んで乗ったことも有ります。乗って見上げる二重構造の天井は、少年む~さんの目には、手の込んだ工芸品に見えたのでしょうか・・・・・・。
おお!スロですか・・・・羨ましいなあ。私にとって二等車は通路を歩くだけのものでした。と、いうか二等料金を払って乗ったのは、品川~新橋だけだった気がします。
EF571は13両目のEF56がパワーアップしたので形式が変わったんだそうですね。EF56は、丸っこいEF561~7よりも、角のあるEF568~12が好きでした。何故だかは判りませんが・・・・。まあ、お父さん的なEF57とお母さん的なEF56って受け止め方だったのかもしれません。
by む〜さん (2009-02-06 16:50) 

のり

私が飯田線を訪れたのは、昭和53年夏のことでした。色や形式が違っていましたが、むーさん様のお写真から20年以上も、この雰囲気の鉄道だったんですね。当時から「省電」最期の赴任地だったのでしょうか。
私の修学旅行は、小学校は伊勢志摩で、往路は2200・復路は「あおぞら号」。中学校は信州で、往路は新幹線・復路は長野から12系でした。高校も信州で、往路は新幹線+381系・復路は381系でした。これはこれで、時代の流行だったのでしょうね。
by のり (2009-02-06 22:18) 

む〜さん

■ のり様: 飯田線がブルーとクリームの二色の時代だったのでしょうか・・・・半流張り上げモハ43が居た頃ですね。あれは、いい電車でした。京阪神間を急行運転で疾走してたと思うと、見ただけでわくわくしますね。
 2200で修学旅行なんて、夢のようですね。12系客車、381、いい車種に乗れて、嬉しかったでしょう?
 私は、中学(S27)と高校(S30)の修学旅行が両方とも京都・奈良ってのは時代ですね。年を追って距離・日数がのびて、しまいには外国という事になってしまいました。現代の子供たちは恵まれていると思いますが、ご当人たちは如何思っているんでしょうね。
by む〜さん (2009-02-06 23:31) 

べる

素晴らしい写真をありがとうございます!
特に6番の写真、音と振動が伝わってきそうです。
クハを改造したタイプのクハニ67が地元横浜線にも走っていたと知ってちょっと嬉しいです。
(モハ32も入線した事があると聞きました)
外板のべコベコは時代背景も絡んでそれだけ粗雑に扱われたものと思っていましたが当時の工法、工作技術によるものなんですね。
一両一両微妙に違う指紋ともいえるこの正面のべコベコからクハユニの番号を特定してみようと画像検索して晩年のクハユニと見比べてみましたが・・・途中で挫折してしまいました。

ちっちゃい印象のモハ14がこんなにも力強く、たくましく、頼もしく見えたのは初めてです。
by べる (2009-02-07 00:28) 

じろっち

私も小学生の修学旅行は、修学旅行列車でしたよ。
大船~日光まででした。
当時の大船駅には、団体待合所が有ったんですよ。
今でいうと、南改札の観音側商業エリアですね。

中学生の修学旅行は、新幹線こだまの部分貸切で、京都まででした。

線路際の梯子が懐かしいですね。
今ではすっかり見なくなりました。
昔は架線の破損が多かったのかな?
by じろっち (2009-02-07 05:11) 

manamana

旧型車がばりばりで現役ですね。
クハユニ、なかなかおしゃれなスマートな電車ですね。
小窓がきっちり並んだモハもなかなか隅に置けませんね。
今日も貴重な写真を拝見しました。
by manamana (2009-02-07 06:42) 

む〜さん

■ べる様: こういう写真を見ていると往年の吊り掛け車全力疾走の電動機の唸りが思い出されてきます。
 私が学生時代・・・昭和30年代前半には横浜線にも居りまして4両編成の東神奈川向きで頑張っていた写真を撮った事があります。単線の4両編成の時代は昭和30年代の末期まで続きました。
 側板の浪打から機番を同定・・・・凄い事だと思います。成る程、そういう技法があるんですね。知りませんでしたし、感心してしまいました。
 モハ32→モハ14→クモハ14は、なんと行っても横須賀線のスターでしたから、山椒は小粒でも・・・・の名車だと思います。晩年は、富士急行で余生を送って居りましたが、とうとう写真を撮らないうちに、見えなくなってしまいました。
■ じろっち様: 線路際の梯子にご注目下さって有難う御座居ます。二本の竹を木の横棒でつないだ梯子は、架線保守の重要な機材でしたね。あまりに、普通すぎて気にしませんでした。そういえば、私のHPの、下記のURLのページ、四番目の画像にも大きく梯子が・・・・・。
http://www006.upp.so-net.ne.jp/mu3rail/link804shunkan.html
現代の梯子の材料は何を使っているんでしょう?改めて、気になっています。
■ manamana様: そうですね、吊り掛け電車が第一線で活躍の時代ですから・・・・カルダンドライブのモハ90~モハ101の出現が昭和32年、私鉄でもカルダン車が出たか出ないかって時代ですので。
 モハ32の小窓連続は、たまらない魅力です。他に、電車だとモハ43のファミリーとか、客車ですとスハ32とか、種々有りますが、いい感じですよね~。
by む〜さん (2009-02-07 15:35) 

なにわ

このべこべこな車体は事故復旧じゃないかと思うのです。
クハニ67のノーシルノーヘッダーは003~008の6両いましたが、008は池袋で戦災廃車、003~005がクハユニ56002~004に改造されました。でたらめに言っても三分の一の確率で当たりますね。
006は横浜線で使った後、中野で救援車代用を勤めて廃車、007は、松戸に行きましたが、三河島事故で悲惨な最期を遂げました。

クモハ14はクモハ42、クモハ43の関東移動モハ70の投入で買収国電だらけだった飯田・身延両線の標準化のために全車転属してしまいました。2両目のクハ47は運転台取り付け車でしょうか。まだ調べていません。

2ドア→3ドアは1960年代の横須賀線、2ドア→4ドアは戦時改造です。

じろっちさんの乗られたのは155系か167系、165系が転出したばかりの頃、サットンさんの乗られたのは165系・167系の混結編成でしょうか。
関東の小学校の167系修学旅行は平成になっても存在し、関西の167系は夜行用洗面所の撤去と冷房改造ぐらいで平成に入ってもほとんど原型のままで、団体用や、「くろよん」に入っていました。

by なにわ (2009-02-07 19:10) 

じろっち

私が乗った修学旅行列車はたぶん155系ですよ。

日光線走行中に豪雨にあい、安全確認のため停車していたんですが、劣化したHゴムから雨が浸みてきましたから。
167系なら、そんなことは無かったと思います。

私の職場の同僚の方の子息が、茅ヶ崎から日光まで団臨で行ったそうです。
型式は分かりませんが、また列車で修学旅行が復権しているようです。
もしかしたら、185系短編成ベースの修学旅行車両が登場するかもしれませんよ!

今日、ヨドバシ横浜店に行ったら、ヨドバシオリジナルキャラクター?の「東海道ちゃん」が、E231男子からE233女子に代わっていました!
by じろっち (2009-02-07 21:25) 

む〜さん

■ なにわ様: クハニ67~クハユニ56情報、有難う御座居ました。クハ47にはサハ48改造車があるらしいですね。
魅力的な編成ですが、現在の私の年齢でモハ32に辰野まで通しで乗ったらかなり疲れそうですね。
■ じろっち様: 修学旅行電車のモハ155の披露試運転に乗ったことがあるのですが、座席上の網棚が、圧迫感がありました。たしか、品川~平塚の往復だった気がします。昭和30年代前半のお話です(・・・・だったかな?)。
ヨドバシの電車シリーズは面白い企画キャラですが、新形式を追いかけるなんて、なかなかヤルではないですか!横浜のE233は湘南カラーでしょうか、京浜東北でしょうか?
町田店の場合はお店に掲げられているのは横浜線205で女の子バージョン、神奈中バスについてるのは小田急3000で男の子です。
by む〜さん (2009-02-07 23:40) 

じろっち

東海道ちゃんだから、もちろん湘南色ですよ。
1編成しかないのにね。

私が155系に乗った時は、もう車内学習機能は下ろされていました。
たぶん勉強にならなかったうえに、机が乗降に時間をかけたんでしょうね。
荷物室を作らなかったのも敗因かも・・・

リンクから過去写真を見ました。
懐かしいですね。
ところで、ヘッドマーク付き急行・準急の写真はあんまり撮ってませんか?
ヘッドマーク付き80系・153系が好きなんですよ。
ついでに言えば、両国・新宿発の房総急行も・・・
by じろっち (2009-02-08 05:35) 

服部光之

155は冬季、スキー臨時で上越に入っていました。
もう40年近く前のことで、まだ、新幹線のない時代でした。
確か、小出スキー号で全席指定でしたが、ガラガーラ、6人の席につれとで大の字で寝ながら帰って来ました。
あれはいいですよ。スキー板がそのまま網棚に上げられて楽でした。
中学校の修学旅行でひのでに乗りました。
早朝、品川発で、16時近くに京都駅着。
帰りは夜行でひのでに乗ったと記憶しています。
高校は、新幹線の工事真っ最中で、有楽町を通過する際に晴海どおりからの銀座の夜景が見えなくなっていました。
確か、急行安芸の団臨扱いで広島まで、帰りは京都から急行播磨の団臨で帰って来ました。185系だと思いましたが。
修学旅行というと色々な思いが皆さんにもあるようですね。
by 服部光之 (2009-02-08 10:30) 

なにわ

155系、16両が残っていました。2-3人がけを通常に改め、水飲み用タンクを撤去し、湘南色に塗り替えたたのは1977年はじめのようです。車内テーブルは多客臨での使用がありますので、常時つけていたわけでないのです。
当時湘南色だったのは165系でしたが、1975年1月、下関の167系が転入してきたので、玉突きで神領に転出してゆきましたが、クハ167-2が伊豆急線内の事故で廃車になった代替としてクハ165-3が舞い戻ってきて、2003年まで生き残っていました。

167系が湘南色に塗り替えられたのは1978~80年です。
オレンジと黄色のままで冷房改造されたのもおりました。
by なにわ (2009-02-08 19:16) 

む〜さん

■ じろっち様: ヘッドマークには興味は有りましたが積極的に写して来ませんでした。写していても、フィルムの劣化・変形(ビネガーシンドロームと言うらしいと聞く)で、スキャン不能になっているのが殆どです。それはもう、悲惨な状態です。とほほほほ。
■ 服部光之様: 修学旅行電車も閑散期にはスキー電車で働いていたんですね。頭上網棚は鬱陶しいけれど、便利でもあったようですね。
京都の修学旅行にひので号でしたか・・・・当時の修学旅行電車の旅、きっと快適な旅だったことでしょう。
私の場合、修学旅行の帰りはやっぱり客車列車で、夜行でした。徹夜でゲームに興じ、朝、帰宅して夕食まで寝ておりました。なぜか、その夜、映画を見に行ったことを覚えています。
■ なにわ様: 修学旅行電車のバリエーションは、大学~社会人の頃の事で、縁の無かった事もあって、知識が殆どありませんでした。いろいろと、お教え下さって感謝です。
by む〜さん (2009-02-08 22:31) 

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