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#292:ちょっと群馬まで(4) [お出かけ通信251~300]

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2009年4月12日・日曜日~4月13日・月曜日の二日間、群馬県の磯部温泉へ一泊旅行。集まった鉄道大好き仲間たちとの会合は愉快なものです。そのメンバーさんたちとともに、前橋へ向かいました。上毛電鉄に乗るためです。
 10時20分頃には、上毛電鉄の前橋のターミナル、前橋中央駅に到着致しました。

 お出かけ通信(292) 

 ちょっと群馬まで(4):上毛電鉄(上) 

pencil-red.gif 10時20分、車で上毛電鉄駅前広場に着きました。降りて周りを見回すと・・・・。

(1) 普通のやら、マイクロ型、レトロ風やら・・・・色んなバスが居る駅前広場。月曜日の所為か、何時もなのかわかりませんが、なんとなくひっそりしています。ま、電車は30分間隔だし・・・・。
 左のバスは、JR前橋駅と当駅を結ぶシャトルバスでした。たしか、100円。
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(2) 駅前にあった地図矢印は私が挿入しましたが、赤の矢印はJR前橋駅青の矢印は上毛電鉄の中央前橋駅。その距離、1,000m足らず。歩くにはちょっと遠い。
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(3) ガラス張りの中央前橋駅本屋
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pencil-red.gif 駅に向かって右の方に回ってゆくと、駐車場から広瀬川を挟んで中央前橋駅の見える場所がありました。 

(4) ホームには10時45分発の、元・京王帝都電鉄井の頭線の3000形、715(右)+725が居ました。
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(5) 10時38分722(左)+712が到着。
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(6) 二本並んだ電車
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(7) 10時45分西桐生行の電車715(右)+725が出てゆきます。
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(8) (7)の後姿です。電車は725
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pencil-red.gif駅前付近を一寸歩くことに。路上を眺めると、前橋ブランドのマンホール。前橋市のホームページによれば、市の花は「バラとツツジ」だそうです。
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(10) 駅前の歩道橋に登ると、足元には水量豊かな広瀬川の流れが。柳の緑が美しく、今日は桜の花びらも流れてくる。
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(11) 歩道橋を降りて川端に立つと、向こうには満開の桜。
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pencil-red.gif そろそろ上毛電鉄電車に乗るお時間です。駅に戻って・・・・・。

(12) 駅本屋の正面には駅名入りの大きな電車の写真が掲出されておりました。
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(13) 自販機の上には運賃表と発車・到着時刻表
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(14) では、電車に乗って、ここから8つ目、車庫のある大胡駅まで行きましょう。
 窓口で「1日全線乗降自由:早春桜花切符 @980」を購入し、改札を抜けホームへ・・・・
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coffee.gif 続きは、また次回に!!!


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コメント 12

manamana

どうも見ても井の頭線です。
いつまでも、ここで活躍してほしいと思います。
ところで、正面の色は何色あるのでしょうか。
京王時代には無い色もあって、
楽しいです。
by manamana (2009-04-26 07:20) 

サットン

上毛電鉄と上信電鉄、ときどきこんがらがります。

上毛電鉄は案外距離があるんですね。心臓血管センターなんていう駅名も凄いです。アピールしてます。でも、一日乗車券980円也はちょっと高いですね。
by サットン (2009-04-26 09:14) 

HIROOUJI

上毛電鉄はついに旧京王井の頭線化しましたね
このタイプの車両はつい最近まで京王井の頭線に就居ていたので夏暑い群馬県民の利用者にとっては冷房完備など大きなサービス向上ですね。
ところでこの鉄道会社両端駅が前橋中央、西桐生とJR線に接続しておらず赤城で東武線に連絡する不思議な路線です。
かってこの沿線の大胡町には仕事で数回でかけたので沿線風景は懐かしいです。
更新怠ったためPW再入力しないとだめみたいです
by HIROOUJI (2009-04-26 10:26) 

む〜さん

■ manamana様: デハ710+クハ720の二両編成で8本有るそうです。Wikipediaに拠ればカラーは8色だそうですが、デジカメの画像を見ると、711=青緑、712=青、714=黄、715=桃、716=青、717=草色、718=オレンジが、写してありました。713は如何していたのでしょう・・・・。大胡の工場に居たのかもしれません。なにか、ブルーっぽいのが居ましたっけ・・・・。
なにしろ、デジカメのデータは、微妙な色の記録には難しく、上記の色の表現も、かなりいい加減です。ゴメンナサイ。
■ サットン様: 上毛電鉄は駅数=23、距離25.4kmだそうで、東海道なら東京~新子安あたりに相当しますね。結構、時間、掛かりました。
心臓血管センターは電車から見えましたが、大きな施設のようです。最近、この駅名に変わったらしく、中央前橋駅の料金表の駅名に書き直した跡がありました。
980円は、片道全線が660円ですから、往復すれば大変お得になります。私は大胡で途中下車しましたが、片道全線でしたから、大変お得とは行きませんでした。
■ HIROOJI様: 井の頭線は4扉の大型車1000への置き換えが進んでいますので、お役目を終えた3000が再就職出来てよかったなあと思っています。ステンレスで、内装も綺麗だし、カルダン車で静かな走り、エアコンも付いてるとあれば、旅客サービス向上になりました。
by む〜さん (2009-04-26 23:09) 

mymeな大家

こんにちは。
上毛電鉄中央前橋からJRの前橋まで結構離れているんですね~。自動券売機も近代化されているようで、びっくりです。地方私鉄をあなどりすぎでしょうか。
ところで、最近のステンレス車体を見慣れてきていますと、コルゲートが付いた車体が古く見えるようになってきてしまいました。東急でも8500まででしたから・・・。
では、失礼します。
by mymeな大家 (2009-04-27 15:02) 

む〜さん

■ mymeな大家様: 前橋が900m強、桐生が300mほどJR駅から離れております。自販機はありますが、流石に、SUICA/PASMO対応はありませんでした。
 波板の電車は東急5200以後のステンレス車では普通でしたね。工作の方法が変わったのか、最近は、無くなってしまいました。ちょっぴり寂しい気もしないでもありません。
by む〜さん (2009-04-27 23:24) 

服部光之

上毛電鉄は、上野(こうずけ)つまり、今の栃木県、上信電鉄は信州に向かう電車と覚えるとわかりやすいですよ。
さて、わたしが上毛電鉄に乗ったのはもう何年前だろう。45年になるかな。
受験生であったときに、西桐生から中央前橋まで何日か通いました。
中央前橋につく少し手前から、広瀬川の土手を柳の枝をたなびかせて、電車が走る光景に、京都の今はなき、京阪の線路沿いを思い浮かべたりしていました。けっこう、流量の豊かな川でした。
沿線はずっと、赤城山をみながら田畑の中を走る路線でした。
緑色の木造車でした。
両端の前橋中央駅と西桐生駅は木造で、中央前橋駅が立派になっているのに驚きました。
西桐生駅はどうなっているのでしょうか。
中央前橋駅はあの当時は前橋市街地に近いところだったので、駅が立派になったことはわかるのですが、西桐生駅は市街地からは外れていてどうなっているのかと思います。
両毛線で見ると、当時は、前橋駅は市街地からは離れていて、桐生駅は桐生の町のど真ん中にあったのですが、今は、前橋も桐生もJRは高架になって、町の中心部が駅にまとまってきているようです。
久しぶりの前橋の町、ありがとうございました。
by 服部光之 (2009-04-28 11:29) 

む〜さん

■ 服部光之様: 現在の広瀬川は、護岸が石垣状にがっちりされているのですが、昔は、どんなだったのでしょう?川岸から中央まで深さが一定で、水を流す機能は良いのですが、種々の生き物が生息するのは少々辛そうです。人の生活を、水害から守ることが、まず第一でしょうから、これで、良いのでしょう。景観的には少々面白味にも欠けますが・・・・。地図を見ますと、利根川から引いた水のようで、灌漑用水なのでしょうか・・・・。
 沿線は、田園が続き、長閑なものです。沿線住民も少なそうで、一時間に電車2本もやむを得ないと思われ、会社も大変だなあと思ったり致しました。
 西桐生の駅も、たしか、昔のままで、なかなか結構でした。次号は『大胡駅』(残念ながら、工場見学が出来ませんでしたので、あっさりと)です。
 次々号は『西桐生駅』を特集しますので、その時に、何枚か西桐生駅をご覧頂くつもりです。西桐生駅は周囲が市街化してますが、駅前で目立つのはコンビニエンスストアでした。桐生駅も立派になりましたが、両方とも、列車本数が少ないので、乗降客の動きがすくなく、なんとなく寂しい感じでした。

by む〜さん (2009-04-28 13:57) 

服部光之

桐生という地勢を見るとわかるのですが、東京を基点とするトライアングルの底辺に位置するのです。
ですから、昔は東武鉄道が桐生から東京駅まで、太田、熊谷経由の長距離バスを運行していました。かなり便数がありました。
また、当時の国鉄は両毛線に早朝、桐生始発の上野直通の客車列車を走らせ、夕刻は逆に走っていました。
その後、面白い多重編成の準急ができて、高崎を各停で出て、桐生から準急、小山では水戸線に直接入れないので、次の間々田で水戸線からの準急といっても、水戸から来るのと、真岡線茂木から来るのとを併結して、上野へ向かうという列車もありました。たしか、両毛線はわたらせ、水戸線はつくばだったと思うのです。当初は気動車でしたが、茂木行きがなくなった後、電車化して、桐生経由新前橋行きと水戸線経由水戸行きで、分割はやはり、間々田でした。今でも水戸線の乗り入れトライアングルは健在らしいです。
また、こんな列車もありました。
上野発、両毛線経由上野行きというのも。
今は、上野直通はなく、東武の快速準急両毛に持っていかれているようです。
前橋中央駅の川の広瀬川は、川幅が広くなったような気がします。でも、水は昔もきれいでした。
by 服部光之 (2009-04-28 20:47) 

む〜さん

■ 服部光之様: 両毛線、水戸線から東京方面直通列車は、昭和の40年前後だったでしょうか・・・・まだ、道路整備も十分でなく、未舗装の国道県道、山ほどありましたね。茨城鹿島方面によくスバル360で行く事がありましたが、雨の日などに帰って来たら車は『味噌漬け』状態で、戦車は必須でした。高速道路ができ、一般道でも未舗装道路に出会うことは激減した現在、100km圏では、時刻を気にせずに乗れるクルマが利用しやすくなってしまいました。その結果、鉄道の列車密度は低下し、クルマを操れる若い人は良いのですが、私みたいな歳以上の高齢者、免許の無い若年者層は、困ってしまうのです。
 昭和30年代の中ごろ、桐生行のバスは、確か東京駅の八重洲口から胴部のバスが出ていました。一度だけですが、桐生行のバスに乗ってみようと熊谷まで行ったことがあります。国道筋も、当時の事ですから渋滞も無く、前向きシートで快適でした。
by む〜さん (2009-04-29 09:31) 

'80XE  PA96E

今電車の中で書込みしております。
車番は8000番台になりましたが、旧3000系の特急が来たので、京都市内の用事で乗っております。
TVカーも無くなるので、今が見納めになりそうです。
古い車体ですが、まだまだ走らせてほしいものですね。

by '80XE PA96E (2009-04-29 16:59) 

む〜さん

■ '80XE_PA96E様: 電車の中でコメントですか・・・・モバイルPCでしょうか?いい時代になったものです。
 京阪もついにテレビカーが終わりになっちゃうんですね。あんまりTVを見ない私だけで、寂しいなあと思います。
 3000は、京阪史に残る名車ですね。私は、あの連続する小窓が堪らないです。好きだなあ!
by む〜さん (2009-04-30 18:54) 

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