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小田急2800:十年ひと昔 [むかし噺(1)]

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pencil-blue.gif ど~も!もう土曜日になってしまいました。鹿児島へ行ったのだって、既に三週間前、いやはや何とも早いもんです。
 今回は小田急のNHE車、デハ2600のファミリーです。大きな車体、浅いシート、派手な駆動系のサウンド・・・・通勤に随分お世話になりました。
 写真は殆ど撮っていません。小田急沿線に住んでいると、小田急電車は日常なもので、ついつい、明日あしたで何年も経ってしまうものです。
 探してみたら、今から10年前、当時使っていたデジカメ「オリンパスC-830L」という130万画素のデータで何駒かありました。

pencil-blue.gif 40年近く勤めた某商社を定年退職して約一年、いまだ、生活のリズムが安定していなかった頃でした。東京ガスがときどきやっていた「お料理講習会」に何度か行きました。参加者に男性は少なく、少々恥ずかしかったけれど、もともとお料理は嫌いじゃあないし・・・・・。

■■■ 小田急2600:十年ひと昔 ■■■

 あれは、2000年の5月9日・火曜日の事でした。町田から各停の小田急電車に乗って、生田駅で下車しました。

(1) 下りホームに隣接した柿の木畑の若葉が美しかった。ホームから1000を撮って、駅から南へ700m余り、だらだら坂を上っていったら、東京ガス関係のサービスステーションがあってここで、講習会。(たしか、このあと講習会は行われなくなったみたいです。)
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(2) これが、お料理講習会の作品韓国料理の、ピビムパp、チジミ、わかめスープ。飲めない私は、麦酒はお土産に持って帰りました。あ、お料理は結構うまかったですよ。
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(3) のんびり坂を下って駅に着く。ホームで電車を待つと、いろいろやって来ました。LSE7000のはこね号
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(4) 準急本厚木行の2600NHE車。前面窓の凹みが特徴的です。
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(5) こんどは特急のEXE30000
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(6) 新宿行き準急2600が来ました。
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(7) (6)の2600
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 ・・・・・何本か写して、帰途につきました。

pencil-blue.gif この頃といいますと、小田急の通勤電車は、1000、2000、2600、4000、5000(5200)、8000、9000で、3000はデビュー前でした。いくらカメラの性能が気に入らないと言ったって、これだけでやめちゃった私、根性なしですね(笑)。

coffee_st-marc.gif このデジカメはご覧の通り、どうにも画像がシャープで無いので、私はもっぱらメモ用。本務機は銀塩のAPSカメラ、キャノンIXYを使い、補機がデジカメって感じでした。旅行にデジカメだけ持っていったこともあるのですが、満足できる写真は撮れません。
 2003年から、デジカメが320万画素機にかわり、銀塩とデジカメを同等に使うようになり、段々と銀塩カメラの出番は少なくなって、2005年ごろからは、銀塩カメラの出番はなくなってしまったのです。

 ・・・・・そんな訳で、なんとなくぼやけた写真のページになりました。
 では、また次回!!!!!


タグ:小田急
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コメント 10

うたに

かつてのコンパクトデジカメは、確かにこんな感じでしたね~。
どこかぼんやりしているような画像でした。
でも、お手軽にPCで見ることができるので、会社の宴会の写真とか、色々撮って遊んでました(^ ^ )
by うたに (2010-06-19 14:48) 

Cedar

2600系は小田急の中ではイマイチ人気の無かった形式でしたね。各停用と割りきったあのシートはHE車のソファ感覚のシートとあまりにも違うので「どこがNHEなんだよ」と仲間うちで話したものです。
京急700的なポジションだったのでしょうか?
撮影された頃には、急行・準急にも使われていましたね。
by Cedar (2010-06-19 23:08) 

TH

むーさん様は、デジカメの導入が早かったんですね。
私のところは家族用でパナソニックのDMC-F1が最初のデジカメで、2003年の購入でした。320万画素、1/2.5CCDで今も両親が使っています。

当時のデジカメは、シャッターのタイムラグが大きくて電車を撮る時はタイミングに苦労しましたね~。チョッと出かけた先で撮ったりする程度・・・持ち歩きには良かったんですけど、私も当時のメインはまだフィルムでした。

その後、自分用に同じくパナのDMC-FZ10にステップアップしてデジタルオンリーになり、銀塩カメラは本棚のオブジェに・・・そしてデジタル一眼へと昇華?してきた次第です。
by TH (2010-06-20 01:01) 

mymeな大家

こんにちは。
むーさんのおっしゃるとおり、目の前にあるものはあまり危機感を感じないと言うか、ありがたみを感じないと言うか・・・「また今度」、「明日」と思うことが多いですよね。私も2600系にはお世話になりましたが、いつの間にか旧塗装になり、いなくなってしまいました。毎日使っている東急の8500系も気をつけなければいけませんね。そういえば、JR201系も中央線上を走る姿がまもなく見られなくなりますね。デビュー当時東京駅で撮影した頃を思い出しました。時は無常であり無情であることを感じる年齢になりつつあります。生意気なコメントで失礼しました。
by mymeな大家 (2010-06-20 02:38) 

じろっち

現在のコンパクトデジカメ事情は、性能アップが限界に来ているうえに、さらなる性能アップを期待する声も少ないようで、撮影モードの追加(追尾・美白・模型風など)と、カメラの堅牢度アップが多いです。

オリンパスが数年前から海浜レジャー向け機を発売していましたが、カシオがGショックデジカメを発売したことで、口火がフル燃焼に移行したようで、本家のカシオ自身が、Gショックほどではない堅牢機を登場させましたよ・・・

悪条件下撮影用に、いかがですか?

私は湘南モールFILLからの東海道線も良いと思うんですが、行きませんか?(藤沢~辻堂)
バックになる工場が更地になっているので、撮影に適していると思いますよ。

JRだけでなく、西日本の車両製造工場で組み立てた新車の甲種回送も撮れますよ。
by じろっち (2010-06-20 06:00) 

む〜さん

■■ うたに様:
 PC導入が1998年で、目的はHP製作とメール。取材というかメモ用に買ったのが、このオリンパス830Lでした。友人は30万画素でネット用には充分と言ったんですが、大幅に上級?の130万画素を買いました。(私としては無理した・・・・笑)
 最初のテスト撮影でデータをPCに入れ、大いなる期待とともに画像を開いたら・・・・開けて吃驚の、こんな程度の画像でした。落胆&落胆でした。
 電車は無理、風景は無理、友人や家族の記念写真は、如何にかOKって感じでした。
 現在のキャノンG9は、ブログの取材と記念写真はOK、L2までのプリントならOKです。でも、画像の切れが悪い。撮像素子の大きさが、画像のグレードを決定しますね。でも、APSサイズ以上のデジカメは、なんとしても『高い、重い、でかい』ので、私には合わないのです。嗚呼。
■■ Cedar様:
 大いなる期待で、NHEに乗ったんですが、座席の浅いのには参りました。思えば、この頃から、小田急さんは箱根観光は有料特急になったようです。たしかに、物見遊山で新宿で並ぶのは嫌だし、途中から乗って座れないでは、出足をくじかれますからね。
 浅い座席は、近年、こんどは薄く、硬くなりました。やれやれ・・・。
■■ TH様:
 デジカメは、ここ10年で驚異的進歩を遂げましたね。ただ、フルセット50K円を切るコンパクトで大型撮像素子デジカメが出てこない。コンパクトは中味一緒で小手先の変化で商売しているようです。でも、それが市場の志向なんでしょうね。
 次のデジカメ購入は、もう少し先になると思います。
■■ mymeな大家様:
 あまりに日常になるとカメラを向ける気にもならなくなります。10年、20年経って、いい画像記録が無く、後悔するばかりです。
 日常を絶えず記録してゆく事が大切ですね。銀塩と違って、ランニングコストが、安価ですみますから・・・・・。一見、無駄と思っても、記録し続けるのが重要なのでしょう。
■■ じろっち様:
 先だって東海道本線に乗ったときに、藤沢~茅ヶ崎とチェックしてましたが、たしかにいい場所があるようですね。あのあたりは、駅からだと『歩き』になるのでしょうね。もっとも片道2kmも無さそうですが、バスでもあれば良いのですが、バスは頻繁にあるのでしょうか?
by む〜さん (2010-06-20 06:37) 

manamana

当時の電車の水準からすれば、標準的ではないでしょうか。
国鉄は103系、西武は701系でクハはイコライザー台車、
京王5000系や京急1000系がかっこよかった頃ですね。
6両でさっそうと走ってくる姿はいいのですが、
寒色系の車内の色と、狭い椅子は、好きでなかったですね。
by manamana (2010-06-20 07:25) 

む〜さん

■■ manamana様:
 小田急は2200時代から薄めのグリーン+ブルー系の車内色でした。昭和35年ごろだったでしょうか、人間工学だかで、アイレストグリーンねんて色が(具体的には分かりませんが)、疲れなくていいと言われ、国電の運転室がべったり薄グリーン+ブルーで塗られていました。その影響かもしれません。
 その後、いまの暖色系の室内色に変わりました。寒色系だと冬は寒々しくて、空いてるときの寒さは一入でした。
by む〜さん (2010-06-20 09:20) 

モハメイドペーパー楠居

 2600形は戸袋窓なしで設計が進み、最後になってお偉いさんの鶴の一声で、戸袋窓が開けられたそうです。

 車内は扉のない広幅貫通路だったので、発車とブレーキ時のが瀬野吹き抜けは、半端じゃなかったし、空いている時は玉川や成城の小学生が、3人くらい横1列に並んで駆け回っていました。
by モハメイドペーパー楠居 (2010-06-20 14:06) 

む〜さん

■■ モハメイドペーパー楠居様:
 なるほど、そんな経緯があったんですね。私の好みから言いますと、戸袋窓の無いのは、暗く感じられて、やっぱり窓はあったほうが好きです。
 広幅貫通路の『風』は凄いですね。地下鉄の6000なんかもそうでしたが、地下鉄は貫通部分を意識させないデザインだったので、大変な風が吹きました。
 窓を開ける季節の風は特にひどかったので、その後はドア付が普通になりましたね。
 当時、車内音録音をちょっとやっていたので、長尺レールで、音が無くなっちゃったので、2600の駆動音の派手さが救いでした。そんな録音テープ(カセットでした)、あることはあるのですが、再生するデッキがなくなってしまいました。
by む〜さん (2010-06-21 10:46) 

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