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冬の御殿場線1966(上):改訂版 [むかし噺(2)]

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pen-pc.gif 今年の始め頃・・・・・2010年2月5日付の拙ブログで「冬の御殿場線1966」を書きました。そのときは、ハーフ判のカメラミノルタレポなる露出計連動(プログラム)、ハーフサイズのカメラでのエクタクロームフィルム、数枚でのものでした。最近、同じときのもう一台のカメラの分が出てきました。ミノルタSR-1にコダカラーNを入れて行った・・・・そのフィルムです。しかし、5コマしかなく、うち一駒は同じ被写体。

pencil-blue.gif しかし、先般、御殿場線に乗りに言ったと言う事もあり、改訂版ブログを記してみようと思い立ちました。そうして、上下二巻の二回連載で行きます。
 では・・・・・・ご覧下さい。 

■■■ 冬の御殿場線1966(上):改訂版 ■■■

 時は、いまから45年近い昔・・・・1966年・昭和41年1月9日の事です。前の日に、伊豆の某温泉某宿泊施設で、新年会を開いた学生時代からの鉄道趣味仲間たち、こぞって御殿場線に乗ろうと言う事になりました。
 ・・・・・で、沼津駅にやってきました。

(1) 沼津駅の風景です。気動車、蒸気機関車、電気機関車などが集う楽しい風景。先だって、訪れた沼津駅の寂しさなど微塵も予想できません。これは、ハーフサイズのエクタクローム。
660109gotemba01.jpg

(2) ほぼ同じ被写体。流石に35mmフルサイズ。ナンバーが一部読めます。左の蒸気機関車はC50102(右の機関車のナンバーは読めない)、右端の電気機関車はEF6092気動車はボケていますがキハ16ではないかと・・・・・・(下に参照画像)。
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660109gotemba02_n-color-02.jpg 気動車のナンバーは?????

(3) 入換の機関車はC50117(ハーフサイズカメラ+エクタクローム)。
660109gotemba01_n-color.jpg

(4) (3)と同じC50117ですがフルサイズ35mmでは、画像のキレが違います。私の現用ディジタルカメラ・キャノンパワーショットG9を、少なくとも「Micro Four Thirds」カメラにしたら、画質が大いに上がるんだろうなあと思ってしまいます。ま、余り考えると、体に悪そうです(笑)。
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(5) 整備中の御殿場線の気動車。(これはハーフ判カメラ)
660109gotemba03.jpg

(6) 沼津から国府津行の列車に乗ります。キハ51?とかキハ17の編成でした。何両だかは覚えていませんが。空高く聳え立つ、岩波駅のスイッチバック築堤
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(7) 山すそまで雪の見える富士が見える駅は、たぶん「富士岡駅」
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(8) (7)の通票仮置場を拡大しますと、『 ▲岩波 ■御殿場 』と読めますので富士岡駅と断定。
660109gotemba05aaa.jpg

(9) 足柄駅で下車しました。最後尾の気動車はキハ1730・・・・と貫通路の踏み板に記されていましたので。
 (これも、ハーフ判カメラですが加工時にシャープネスを掛けたので何とか見られます。)
660109gotemba06.jpg

coffee_doutor.gif 足柄駅(国府津起点28.9km)で下車した私たち。御殿場駅方向に約3km歩いて、32kmのキロポストのところで、二本撮影したのです。以前、小田急の特別準急「芙蓉」の写真をお目に掛けましたが、次回では、その写真も交えて、何枚か新しい画像をご覧頂きます。

 では、また次回に!!!!!


タグ:御殿場線
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コメント 7

Cedar

いいなあ、この色調!最近当時の映画のDVDをよく観ていますがそれと似た感じです。エクタクロームの味なのでしょうか?
鉄道がまだ地方輸送の主役だった頃ですね。最近地方の駅の活気の無さに唖然としますが、当時はそんなことは無かったですねえ。
by Cedar (2010-12-12 22:47) 

manamana

なんとなく、煤けた感じが漂っているのは、
蒸気機関車が現役だったからでしょうね。
C50のスポークがとてもきれいですね。
by manamana (2010-12-13 06:23) 

む〜さん

■■ Cedar様:
 そうですね。昭和40年代前半迄位は、そろそろ廃止への動きは始まっていましたが、全国何処へ行っても蒸気機関車の煙が見られました。そして、貨物輸送、乗客輸送の主役は鉄道でした。新幹線も軌道に乗り、前途は洋々、希望に満ちていたように私には思えました。
 主要駅には、機関車、客車、電車、貨車があふれ・・・・それが、如何でしょう。すっかり高速道路と自動車に席巻されてしまいましたね。まあ、そんな時代に居られたのが、鉄道ファンとしてラッキーだったなあと思うようにしています。記録や体験に不満は残り、今後、満たせる見込みは「0」だけど・・・・。
■■ manamana様:
 跨線橋や、客車の窓辺には煤が付いておりました。衣類が汚れたりしましたが、私たちにはそれが普通で、鉄道当局に文句をいう人は無かった気がします。世の中の流れは遅く、人々の心は寛容でした。便利ではなく、楽しみも少なかったけれど、心地よく生きられた気がします。
 蒸気機関車のスポーク動輪は、素敵ですね。梅小路でC53の動輪を見たとき、あまりの美しさに絶句したものです。
by む〜さん (2010-12-13 06:52) 

quatre-l

これがつい最近行った沼津駅の姿ですか。
C50いいですね。昔は高崎機関区にもいたはずです。
両毛線では、結構活躍していたんでしょう。

高崎駅も東口がリニューアルされて、かつての扇形機関庫があったことなど、知る由もない若者で溢れています。
仕方ないことですが、、、。
by quatre-l (2010-12-13 13:17) 

む〜さん

■■ quatre-l様:
 C50は私が十代の頃山手線の恵比寿駅で入換をやっていたのを写した事があります。8620とともに割りと方々で見かけた機関車です。
 高崎と言えば第一、第二の二つの機関区があり、電気機関車、蒸気機関車があふれておりました。たまに、通るとき、懸命に眺めたものです。
by む〜さん (2010-12-13 22:18) 

mymeな大家

こんにちは。
年代が違うことから写っている車両こそ違いますが、沼津のイメージは私もこのような感じです。
C50は燕時代から御殿場線で活躍されたのでしょうか。C51でしたか・・・。
私は10系気動車大好きなんですよ。評判はあまり良くなかったようですが、20系よりもスマートに感じます。
EF60には2灯シールド・ビームもあったんですね。初めて知りました。私にとってEF60と言いますと500番台のブルトレ仕様のイメージが強いので・・・勉強になりました。
では失礼します。
by mymeな大家 (2010-12-14 22:19) 

む〜さん

■■ mymeな大家様:
 キハ17・・・・キハ45000に初めて乗った1954年、この姿に、じつに格好良いなあと、痺れました。しかし、乗り心地の悪さ、ビニール張りの座席には少々失望しました。天井が低いので背ずりの低いのは致し方ありませんし軽快感さえありました。
 キハ20も、バス窓車体、護謨ブロック枕バネでスタートしましたが、がて明るい二段上昇窓となり、台車も良くなり、乗り心地も良くなりました。初めて相模線で遭遇したのは何年だったか・・・・多分、昭和40年少し前頃だった気がします。
 電気機関車は、幼い日から見なれた葡萄色や、チョコレート色で親しんでいましたので、いまのブルーはどうも、しっくり来ません。EF58までの機関車は、特にその様に感じます。
by む〜さん (2010-12-15 09:27) 

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