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中央東線キハ58:1963年 [むかし噺(2)]

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pen-pc.gif 以前・・・・・2007年10月31日付の当ブログで公開した写真なのですが、中央本線の優等列車のスター、急行アルプス号として活躍していたキハ58形の懐かしい姿、再度、登場です。

■■■ 中央東線キハ58:1963年 ■■■

pen-para.gif 1963年・昭和38年11月23日は土曜日で勤労感謝の日。確かTVの宇宙中継の有った日で、早朝のその番組中で米国のJ.F.ケネディ大統領の暗殺された事を聴いた記憶があります。そのTV放送を見て家を出たようですが、その辺は、はっきりしないんです。なんたって、49年も昔のお話です。

 そんな、お天気の良い日の早朝、未だ甲府までしか電化されていない、しかも単線の中央東線に出かけました。急行アルプスは、キハ58を連ねて快走。私は、小淵沢駅で降りました。バスで東京の方角へ戻り、とあるバス停で下車。斜面の道を上がって行くと、線路に出ました。線路の向こうに、大きな枝垂桜の木があって、その向こうに八ヶ岳が見えています。この記事を書きながら調べてみたら、樹齢400年、「神田(しんでん)の大糸桜」という名木との事。その辺りから、長坂駅まで約5km弱、歩きながら、やって来る列車を撮影。

 今回は、そんな写真の中から、キハ58を選んで並べてみました。

(1) キハ58の塗色は、これが一番。
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(2) 尾灯が綺麗に写ってくれました。
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(3) 通信線は勿論、蝿叩き型。
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(4) 掘割の中を行く・・・・。
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(5) たしか、煉瓦積みの水路橋の上からの撮影でした。複線化で、無くなってしまいましたが、いい形でありました。たしか、右の方が八ヶ岳。
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(6) キハ58・・・・なんと言う素敵な車体デザインなんでしょう!!!
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coffee.gif 僅か6枚のキハ58の写真ですが、往時の中央東線を偲んでみました。

pen-pc.gif この日の撮影行の詳細は、私のホームページ「む~さんの鉄道風景」でご覧いただけます。下記URLをクリックして頂きますと、アクセス出来ます。

■■■ 中央東線1963年11月23日 ■■■
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link116-chuo.html

 ・・・・・では、また次回!!!!!!


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コメント 18

キャトレール

昭和38年には見えない天然色写真。
晴れた日なら、今とまったく変わらぬ晴天が広がっていることがどこか不思議です。
いいなぁ~。
by キャトレール (2012-06-17 22:42) 

おおや

こんにちは。
冷房化前の58系気動車、本当に美しいですね。
気動車は58系が好きです。
前にも書きましたが、初めて買った小高模型のペーパ・キットが
キハ58でした。まだとってあります。
では失礼します。

by おおや (2012-06-18 01:30) 

む〜さん

■■ キャトレール様:
 フィルムは富士のN64・・・・富士フィルムで、初めてオレンジベースになったネガカラーです。このフィルムは色の保存が良く、全体的に青みがかっていますが、画像処理ソフトで加工すれば充分に見られます。お煎餅の空き缶に入れてあるだけなんですよ。変形もしていないのはベースの所為でしょうが・・・・。
■■ おおや様:
 キハ58は二台の発動機を積んだ所為でしょうか、水タンクが床下でなく屋根にありました。新宿で給水している光景を覚えて居ります。
 大月から富士山麓電鉄のキハ58000(形式、うろ覚え!)が急行アルプスにくっ付いて新宿まで来ておりました。通勤時にしょっちゅう見て居たのですが、あまりに「日常風景過ぎて」撮影もして居りません。

■■♪♪ プント様:
 「nice!」 有難う御座います。
by む〜さん (2012-06-18 10:18) 

maipenrai

美しい風景の中で撮影された長大編成のキハ58、いいですね~。中央本線の急行はキロも2台エンジンのキロ58が使われていましたね。HPのほうで、重装備のD51や茶色のDF50もも拝見させていただきました。
 たしかこの日の朝は、東京近辺は放射冷却(?)による濃霧が発生していて、松戸に常磐線を撮影に行った私は、霧のため手も足も出ずに撤退。家に帰り着いたら、テレビが大騒ぎをしていたことをなぜか鮮明に覚えています。
by maipenrai (2012-06-18 10:35) 

はーさん

キハ58は中央東線の急行「アルプス」として全国に先駆けて、1961年10月1日から走り始めました。
実はこの時、信越線に長野県初めての特急「白鳥号」が走り始めましたが、信越線と中央線沿線のバランスを取らねばいけないこの県の特殊事情があり、県も費用を負担して新宿~松本間にヂーゼル急行6往復を走らせたものです。
「白鳥号」初日の車内で配られた長野県のちらしにありました。
  http://6.fan-site.net/~haasan55/Hakucho.htm
実際にはこの年の5月から基幹形式のキハ58を差し置いて、空気バネ台車を履いて、碓氷峠アブト式を通過可能にしたキハ57が信越線ヂーゼル急行「志賀」として走り始めました。
 http://6.fan-site.net/~haasan55/KyukouSiga.htm
特急「白鳥」の露払い的なものと思いますが、これは善光寺のご開帳に合わせたものと長野県は言い訳けをしておりました。
ところで、急行「志賀」も初期はTMを付けていましたが、程なく、はずしてしまいました。急行「アルプス」も初期にはTMがあったと思いましたが、如何だったでしょうか?
by はーさん (2012-06-18 12:08) 

亀甲デザイン研究所

いつも楽しみに拝見させて頂いています。
映画”ALWAYS 三丁目の夕陽 PART-3”ではCGで復元されたこのキハ58急行アルプスには、ここまでやってくれるか!と感動しました。
by 亀甲デザイン研究所 (2012-06-18 21:05) 

Cedar

どこのローカル線かと思ったら、中央東線!
たしかに、昭和30~40年代の国鉄はこういう感じでした。
キハ58やオハ35が似合いの風景ですね。
私鉄巡りの移動手段はこんな列車でした。
by Cedar (2012-06-19 16:58) 

利きゅう

架線が無いので空が広いですね~ッ!

ディーゼル急行は乗ったことは無いのですがキハ58は飯山線で何度か乗車したことがあります。
勿論、このような長編成ではなく急行色とタラコ色の混合編成でしたが、JRになって各支社のカラーリングに変わってしまいましたね。
by 利きゅう (2012-06-19 20:29) 

京阪快急3000

記事、ホームページともに拝見致しました。

「キハ58」が「最も輝いていた頃」ではないかと思いました。

おっしゃる通り、「キハ58」には、この塗装が一番似合っていますね。
by 京阪快急3000 (2012-06-20 19:43) 

Ryo

こんばんは。お久しぶりです。
キハ58は私も美しいデザインだと思っています。控えめで均整がとれ、堅牢そうで、しかも無粋ではない車体、時代を超えて通用したものではないでしょうか。そういえば、昔、中央線沿線にある母の実家に行くと、「急行アルプス」に乗ってどこかへ行く、というのが憧れのように話されていたのが思い出されます。
私の中の「アルプス」は165系ですが、キハ58の時代があったのですね!
by Ryo (2012-06-21 20:54) 

む〜さん

■■ maipenrai様:
 この頃は、甲府までは電化されて居ましたが、通しの急行は気動車、そして特急は無かったわけで、キハ58の急行はまさに中央線の華でした。貨物列車は電化区間はEF13(かな?)、非電化区間はD51にDF50、単線にスイッチバック沢山と来れば、じつに面白い線区でありました。
 そろそろ、各停用の電車、115系が新しい電車に変わる頃合かと思うのですが、JR東さん、まさか、中古電車のリニューアル車で入れ替えるなんて事はしないでほしいです。
■■ はーさん様:
 長野県への二つのルート、信越本線と中央本線、そんな秘話があったんですね。
 貴HPの特急白鳥と急行志賀のページは、時代の記録として貴重な資料です。
 急行アルプスのヘッドマークに付いての記憶・・・・覚えていないのです。済みません!!
■■ 亀甲デザイン研究所様:
 キハ58のCGシーンがあったんですか。映画を見ていないので分からないのですが、最近のCG技術は随分進みましたので、こんど、TV放映されたら見てみたいものです。コンピュータグラフィックは、静止画から動画になり、私がはじめて見た映画は、トロンでした。あの程度のCGでも当時はぶったまげたものです。もう何年昔の事になるのでしょう。
■■ Cedar様:
 完璧な日本のローカル風景の中、単線非電化の線路が延びている・・・・そんな中を長大編成の気動車がやってくる。もちろん、蒸気機関車、ディーゼル機関車も・・・・今から見たら夢のような線区でありました。一度、諏訪の温泉旅館で、缶詰教習を受けたことがあるのですが、新宿から上諏訪まで気動車急行は4時間ほど掛かったと覚えています。
■■ 利きゅう様:
 キハ58、キハ28のデビューした頃の塗色はじつに良かったですね。車体の形ともぴったり合っていました。あのキハ35も、下半分オレンジ、上がベージュの塗訳でした。ホントを言うと、気動車は、下半分ブルー、上がクリームの頃が好きでした。キハ25などのクリームに赤帯なんてのも軽快で好きでしたっけ。
■■ 京阪快急3000様:
 ホームページは、作った頃のネット事情からデータ量を大きく出来なかったので写真が小さめなので、回線の高速化にあわせてリニューアルしなければと思っています。もっと大形写真にして臨場感を出したいのです。白黒写真も交えてリニューアルの予定です。問題は何時着手するかなんですが、最近、ボルテージが下がって居りまして・・・・(笑)。
■■ Ryo様:
 そうですよね!実にいい姿ですよね!!キハ58・・・・・。色はやっぱり、この色ですね。
 この後、子供が出来て、中央線にも子供連れで乗りに行きましたが、すでに165系電車の時代になっていました。複線区間もどんどん延びて、スイッチバックもほぼ無くなり、ショートカットも出来て、中央東線も吃驚するほどの変わりようです。

■■♪♪ モボ様:
■■♪♪ まーーー様:
 「nice!」 有難う御座います。
by む〜さん (2012-06-21 22:59) 

KeioBoy58

はじめまして。私、KeioBoy58と申します。甲府以西非電化の時代は私にとってあまり記憶がないのですが、小海線の中込と八千穂に親戚がいるので、急行八ヶ岳には何度かお世話になりました。確か58系の3連でしたが、冷房がオンになっていたので、恐らく2両目の車両はキハ28-2500番台か、キハ65-500番台かと思われます。拝見させて頂いた上のお写真ではまだ非冷房車ですが、この当時は急行アルプスの編成全てが2エンジン車だったときいております。今でもこの中央東線気動車急行のことが忘れられず、トミックスNゲージキハ58アルプス、八ヶ岳、富士急行キハ58の12両編成を購入して当時の雰囲気を再現しております。それから、アルプスに使用されていたキハ58-400番台は殆どがスリットタイホン初期型だったと記憶しております。
by KeioBoy58 (2016-08-23 16:29) 

む〜さん

■■ KeioBoy58様:
 中央線の急行アルプスは通勤が新宿乗り換えだったものですから、新宿駅で屋根の排気筒から薄い煙を吐き出しながら、カリカリカリとアイドリングをしていた姿をよく見かけました。編成につきましては、あまり専門的に見ていませんでしたから、冷房用電源のこと、考えたこともありませんでした。なにしろ、かなり「アバウトでテキトーな鉄道ファン」でして・・・・。
 富士急のキハがアルプスにくっついて来たりしていましたが、通勤途上に写真を撮る余裕もなく、なんと一枚の写真も撮っていないのです。
 食堂車付きの特急あずさ、振り子のスーパーあずさは快適ですが、やっぱり中央線の長距離列車は165ではなく気動車のアルプスです。
 キハ58のスリットタイホンという用語は、実はよくわからないのです。蓋の開閉するタイプでなく、縦型の格子になってるタイプのことでしょうか・・・・。
 こんなことを書き連ねている私、高尾を出れば単線で、EF13とオハ61の各停、たくさんあったスイッチバック、甲府から蒸気機関車けん引・・・・のころの列車の姿を思い出しつつ、このコメントを書きました。
by む〜さん (2016-08-25 18:38) 

KeioBoy58

こんにちは。また、お邪魔致します。おっしゃる通りスリットタイホンは縦型の格子タイプです。急行アルプスキハ58の冷房化は確か昭和43年度だったと思います。2台機関付グリーン車のキロ58へ冷暖房電源を供給する目的でキハ28-2500代(2505~2510)が、更に翌44年にはキハ65-500代がそれぞれ2両ずつ編成に組み込まれました。両車とも自車を含めて3両分の電源を供給出来ますので、中央東線気動車急行の冷房化に大きく貢献したと思います。最終的にはこの様な編成でした。

←松本 富士急キハ58003(両運)-富士急キハ58001(かわぐち)-キハ58-キハ65(八ヶ岳)ーキハ58-キハ65-キハ58(アルプス糸魚川編成)-キハ28-キロ58-キロ58-キハ28-キハ58(アルプス松本止まり) 新宿→

また、昭和50年3月ダイヤ改正関連の鉄道ジャーナルを読んだ時に、糸魚川編成3連が糸魚川から更に北陸本線経由で直江津まで乗り入れていたという記事が掲載されていましたが、ご存知でしょうか。
by KeioBoy58 (2016-08-26 12:49) 

む〜さん

■■ KeioBoy58様:
 中々興味深い編成例、有難う御座います。4階建てなんですね。糸魚川まで行けちゃうなんて、凄いことですよね。それが更に直江津ですか・・・全く知りませんでした。鉄道ファンの考えた、夢の列車みたいですね。
 こんな、夢多き気動車急行でしたが、複線化と線路・線形の改良+電化で、到達時間も大幅に短くなりました。新幹線と違って社葬風景も楽しく眺められ、「旅」を満喫できます。話は違いますが「鳥澤~猿橋」間のコース変更前は。猿橋駅到着寸前、トンネルを出るといきなり桂川(相模川上流域)の鉄橋で、右側に接して「猿橋」(駅でなく橋の)が見えたような記憶があり、現場の状態もそのようになっていますけれど、ご記憶、ありますでしょうか?
by む〜さん (2016-08-26 14:58) 

む〜さん

■■ KeioBoy58様:(追記)
 いま、GoogleMapで猿橋の現場を見ましたら、旧・中央線の橋梁と、猿橋とは「隣り合ってと言えないくらい離れています」。私の頭の中で、なつかしさが作り上げたイメージだったようです。
 国鉄の猿橋鉄橋は上路式のトラスで、トンネルのポータルと、鉄橋の橋台のみ、残っていたような。
by む〜さん (2016-08-26 15:05) 

KeioBoy58

深夜に申し訳ありません。猿橋鉄橋の旧ルートにつきましては全く存じ上げておりませんでしたのでまた一つ勉強になりました。今度、訪問の機会がありましたら、是非とも注意して調査したいと思います。実はお便りを頂いた後にネットで検索してみたのですが、残念ながら画像が出てきませんでした。何とか頑張って探してみたいと思います。さて、お話しは変わりますが、私がこれまで遭遇した中央東線の名物車両としては三鷹区の横須賀色115系が急行かいじに使用された際に新前橋区から借り入れ、横須賀色に塗り替えられて編成に組み込まれたサロ165-14、また、それに伴って新宿ー甲府間の各停用として小山区の湘南色115系が4+4の8連、サハ115が入った7両固定編成が横須賀色の低屋根のクモニ83-800代と組んだ列車がありますが、ご覧になられていますでしょうか。これらの車両が走っていたのは昭和45年~47年頃だったと記憶しております。
by KeioBoy58 (2016-08-27 00:45) 

む〜さん

■■ KeioBoy58様:
 レスが遅れてすみません。猿橋の旧線については探索したこともありましたら、築堤と隧道の入り口を撮っただけです。フィルムは行方不明。
こんなWEBがありましたが、こうなると、もう探検ですね。頭が下がります。是非ご覧ください。
http://www.hotetu.net/haisen/Kanto/100410cyuosenkyusen.html
 115系に組み込まれたサロ165、さぞ興味深い編成だった事でしょう。中央線は近いくせに、時間のあるときなどに私鉄を追い掛けるタイプなもので、殆ど写真がありません。たまに、ローカル風景が見たい時に乗りに行った程度なので、ご期待に沿えず申し訳けありません。
 たまにしか更新しないヘボブログですが、たまに覗いてやって下さることを期待致して居ります。
by む〜さん (2016-08-29 18:31) 

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