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東急・玉川線デハ200形 [関東の私鉄と公営鉄道]

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pen-pc.gif 鉄道利用のお出掛けのチャンスがなかったので、だいぶ更新の間隔が開いて仕舞います。
 ・・・・・で、今回は、東京急行電鉄玉川線の特異な形の、ペコちゃんのニックネームで親しまれた連接電車、デハ200形の写真を並べてみましょう。

■■■ 東急・玉川線デハ200形 ■■■

pen-para.gif デハ200は2車体連接の電車で、昭和30年、6本が製造され、玉川線が廃止される昭和44年まで使用されました。いまでも、ファンが多いように思えます。 

(1) 話、変わって・・・・・・・・2005年9月26日の東急・世田谷線、山下駅でのデハ300形301です。緑の車体に「サザエさんの顔」が描かれています。
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(2) 2011年1月17日のデハ301です。2005年11月から、この「玉川線デハ200塗装」に改められ、好評なのでしょう、現在もこの色でお客さんを運んで居ります。こんな、40年以上も昔の玉電200塗装車が有るくらい、デハ200の人気は今でもあるんですね。
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pen-para.gif その人気の「デハ200」が、昭和30年にデビューした頃・・・・・私は高校3年生でした。如何いうルートからか忘れてしまいましたが、新車情報を得て、学校帰りに渋谷から玉電に乗って二子玉川園まで来ました。それとも、家から自転車でやってきたのかもしれません。
 二子玉川園駅構内では、デハ200の組み立てが行われて居りました。牽引車で路上を牽引されてきたのかもしれません。

(3) その余りの特異なスタイルに驚いたのでしょう、カメラを持って来なかった私は、懸命にノートにスケッチしたようで、ルースリーフノートに、稚拙な色鉛筆で彩色した絵が残っています。スケッチの裏面には、この形は気に入らないなどと、書き込みがあります。きっと、吃驚してしまったんでしょう。
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(4) 台車の絵もありました。東急車輛+東洋電機のTS-302。
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pen-para.gif デハ200の写真を探したのですが、意外と撮っていないのですね。とりあえず4枚ほど出てきました。

(5) 昭和35年6月渋谷駅のデハ201。
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(6) 昭和36年7月桜新町~用賀間でデハ203。
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(7) 廃線寸前、友人たちと玉川線を写しに行きました。昭和44年3月の事です。桜新町~用賀間。この辺りは併用軌道が道路の片側に寄っていました。
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(8) これも、(7)と同じ日に中里で撮影。
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pen-para.gif この方式の電車のためか、玉川線廃止後も他社へ売却が出来なかったようで、有り難い事に、一両、東急の田園都市線・宮崎台駅高架下の「電車とバスの博物館」に「204」が保存展示されています。

(9) 2008年8月23日 展示されている204です。車内に入れます。
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(10) 車内の運転台付近。前方がよく見えるいい席がありますね。私も一回くらいは座ったことが有るような記憶があります。
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(11) 博物館の説明板。
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coffee.gif デハ200・・・・現在の世田谷線に一本くらいは動態保存車があっても良かった気がします。
 では、今回は、これでお終いです。


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コメント 11

のり

本当に素敵な電車ですね。
む?さん様のスケッチの素敵なこと
阪神の3011のスケッチを想い出しました。
女の子が背伸びしてマスコンハンドルを触っているのが見えますね。その向こうに拡がる風景写真がとてもいいです。
おっしゃるとおり、もし世田谷線に居られたら、人気者になっていたことでしょうね。
福井・札幌・阪堺に次々と登場する新型電車。今年は路面電車の当り年かもしれませんね。
by のり (2013-05-13 21:22) 

おおや

こんにちは。
デハ200、いいですね!
むーさんのスケッチも素敵です。
多摩川園に静態保存されていた時からの、「お友達」です。
解体されず残しているということは、その存在感を会社としても認めているということでしょうね。5001が切られて渋谷の駅前に寂しそうにしているのとは大違いです。
一年前に今の場所に引っ越してくる前までは、ひと月に一度は見ていたのですが…。会いに行かなくてはなりませんね。
では、失礼します。

by おおや (2013-05-13 21:35) 

モハメイドペーパー

 マツダのオート三輪が写ってますね。この車両、台車の構造が都電の8000形と同様で、乗り心地はいまひとつでした。
 路面電車だけどドア連動機構があり、停車中に運転士がマスコンを2ノッチくらいまで進めているのは、京急と同じでした。
by モハメイドペーパー (2013-05-13 22:17) 

モハシ21003

むーさんのスケッチは素晴らしい!東急デハ200形の活躍は昭和36年生まれの私にはその土地のゆかりもなく、見ることはできませんでしたが、十分魅力が伝わってきます。このネタだけで本が一冊出来るほどでは?現在の世田谷線300形?が味気のないプレハブ小屋に見えてしまいます。
by モハシ21003 (2013-05-14 00:28) 

京阪快急3000

この電車は、自分も知っております。

(5)と(6)の写真は、何かの本で見た記憶がございます。

機会が出来れば、保存されている博物館を訪問したいですね。
by 京阪快急3000 (2013-05-14 04:59) 

Cedar

しばらくでございます。
玉電といえばデハ200でしたね。ガキのころには「玉のように丸い200だから玉電」と思ってました。
乗り心地はともかく野心的な試み満載の意欲作でした。
デハ80とともに動態保存すべきですが、今のTQにそんな気はさらさら無いでしょう。

by Cedar (2013-05-14 07:36) 

水雷艇

わー!玉電…ホントに懐かしいです。都電と比べても、コロっとして可愛いと子供心に思いました。
by 水雷艇 (2013-05-14 14:19) 

伊豆之国

「玉電」の走る風景、今も昨日のことのように脳裏に蘇ってきます。渋谷駅を出て道玄坂を登って行く辺り、背後の銀座線の黄色い電車や東横デパートの壁面や、桜新町・用賀界隈の、武蔵野の面影を残す道の片側に寄った軌道敷き、今では失われたこれらの風景はまさに私の少年時代にとっての原風景でした。
200型の「特等席」は、いつも悪餓鬼どもの間で争奪戦になっていたことを思い起こします。200型は、広電とか北九州に行けばまだまだ働けるとも思ったのですが、特殊な構造がやはり災いしたのでしょうか。宮の坂の80型は、車体も足回り・レール幅も江ノ電時代のもので、玉電時代の原型に復元されていないのが実に残念です。東Qが冷たい仕打ちをした元東横線の「青蛙」は、今も現役で活躍する熊本電鉄に頼んで、一線を退いてもぜひとも動態保存してほしいものです。
by 伊豆之国 (2013-05-14 19:21) 

はーさん

玉電の200形は青蛙5000形の路面電車版とも言えますね。
2軸の連接台車など画期的なものでしたが、5000形と同じモノコック構造は腐食にも弱く、メンテは大変だったようですね。
by はーさん (2013-05-15 09:42) 

ぽんた

玉電は本当に可愛いです~。
スケッチがお見事です。
by ぽんた (2013-05-16 09:24) 

む〜さん

■■ のり様:
 カメラを持ってこなかったので・・と言う事は多分、学校帰りだったのでしょう。必死で記録しようとしたのだと思われます。世田谷線に残れなかったのは、ひょっとして保守が大変だったのかもしれません。
■■ おおや様:
 1両でも完全な姿で博物館に保存展示されたのは嬉しい事です。デハ5000が無残に切られてしまったのが、重ねて残念です。こうなったら熊本電鉄にお願いして東京へ引き取り、どこか屋根のあるところに保存して欲しいです。ただ、ハチ公そばに居る事でNHKでしょっちゅう全国中継されているようで、これは嬉しい事ですね。
■■ モハメイドペーパー様:
 マツダのオート三輪、良い位置に入ってくれました。昭和30年代には、オート三輪はいくらでも見られましたっけ。我が町田市の鶴川駅に近いところの駐車場に一台、何年も前から置いてあります。年々、傷みが激しくなって居ます。
■■ モハシ21003様:
 新しいもが好きな私が、付いてゆけなかったくらい斬新な構造でした。デハ80、デハ30の次ぐらいに好きな形式でありました。
 デハ300、現在ではわりと常識的な電車ですが、段差無しで乗降出来るので若いお母さんがベビーカーを押して乗ってこられるのを見ると、笑顔になってしまいます。沿線住民さんに愛されているようです。
■■ 京阪快急3000様:
 (5)(6)は割と好きな写真ですので、出版物に使っていただいたこともあります。
 上京されるときは是非、世田谷線と田園都市線宮崎台駅そばの博物館にお立ち寄り下さい。小さい博物館ですが充実して居ります。
■■ Cedar様:
 デハ200の動態保存、デハ80の復元保存は、おっしゃるとおり無理でしょうね。惜しいなあと思います。
 それにしても、なくなる前に何で沢山写しておかなかったのかと、悔やんでいます。それも、やっぱり身近すぎる存在であったためかもしれません。
■■ 水雷艇様:
 路面電車なのにハイスピードを思わせる超流線形、行くぞこんな電車を作ってくれたもので、いまになって東急さんに感謝して居ります。
■■ 伊豆之国様:
 桜新町~用賀の併用区間は昭和44年当時でも、郊外の風景でした。何回か、写しに行ったのは、やはりこの区間でした。
 青蛙の一件は、賛成ですね。何処かの高架下に置けないかなあ・・・・。
■■ はーさん様:
 デビュー当時、流線形電車を続けて発表した東急さんはなかなか進んでおりましたね。
 モノコック構造はメンテナンス・・・・大変なんですね。現場の声もやはり強かったのでしょうね。このあと、ステンレスの角ばった電車が続いた訳はこの辺りにあったのかもしれません。
■■ ぽんた様:
 可愛いでしょう?路面を走る小さな電車、いまは想い出の中だけに走って居りますが・・・・・。世田谷線にのると、昔のことを思い出します。

■■♪♪ tochi様:
 「nice!」 有難う御座います。
by む〜さん (2013-05-16 13:22) 

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