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雑談:駅弁写真を少々 [雑談(2)]

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pen-pc.gif 先だってのブログで昭和30年代の東海道本線の写真をアップロード致しましたら、思いがけず反響があったので、同じ頃の写真を何枚か並べてみました。
 昭和30年代の「お弁当屋さん」の写真なんです。もっと有りそうに思って探したのですが、取り敢えずこれしか出てきませんでした。

■■■ 雑談:駅弁写真を少々 ■■■

pen-para.gif 昭和30年代は、フィルム代を気にして、私は、今の様にムービーみたいにバシバシ撮る事などできませんでした。現在も一発勝負オンリーですが・・・・。
 そんな訳で、鉄道車両以外のものは、殆ど撮って居らず、惜しい事をしたなあ!と今頃思ったって遅いですよね!!(笑)。

(1)昭和34年10月の常磐線。水戸駅の上りホームと思っていましたが、なんだかヘン。色々考えたり、他の写真と見比べたりした結果、土浦駅の方が確率が高そうです。
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(2)昭和35年1月東京駅長距離列車用14・15番線ホームにて。ここは量が多い所為でしょうか、手押し車に山積み。
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(3)(2)同じ日の同じホーム。ちょっと形が違いますが機能は同じようです。この頃のお茶容器は、未だ陶器だったと思いますが・・・。
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(4)昭和35年1月の東海道本線沼津駅のお弁当屋さん。朝の9時ごろの大阪行普通列車ですが、少なくとも三人写って居りますね。
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(5)同じく昭和35年1月静岡駅。10時22分着~同27分発の5分停車。大阪行123列車です。やっぱりこう言うスタイルの方が感じが出ますね。
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(6)静岡駅ですが、(5)から2年経った昭和37年10月です。流石は茶どころ静岡!お茶のカートがでっかいですね。給水中でしょうか?
 背後のタイル張りの洗面所が見事です。バックは80系湘南電車300番台。
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(7)(6)の写真の右側、お弁当販売用の函に書かれたお弁当の価格。今見るとあまりの安さに仰天しますね。みんな買っても650円です。もっとも、この頃、ラーメンはいくらだったでしょう?覚えて居りません。昭和35年頃は35円でしたが・・・・。
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coffee.gif 驚くべきことに、沢山のフィルムに、昭和30年代に、お弁当屋さんを写したものが非常に少ないのです。まことに残念な事をしました。

 では、また次回!!!!!


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あさま55号

こんばんは。自分が生まれるちょっと前の写真ですが、貴重な写真であると感じました。
駅弁は、最近1個が1000円前後する時代となりました。
昭和40年代の後半から駅弁を食べる機会がありました。
横浜で生まれ育ったせいか、崎陽軒のシウマイ弁当と長野の両親の田舎に行く機会があり横川の峠の釜めしは、数かぞえきれないほど食べました。高崎の鳥めしも食べる機会もありました。

40年ほど前は、経木の弁当箱の幕の内弁当が主流な頃でした。どこの駅に行ってもあの経木の弁当が必ずと言っていいほどありました。いつも経木の蓋を開けるとご飯粒が付いていてそれからまず食べるのが習慣でした。
お茶については、素焼きのものは見たことなく、急須形をしたプラスティックの容器で、蓋がおちょこのようになっていました。そこに注いで飲むという感じでした。

先々月秋田に向かうとき、東京駅で横川の釜めしが12時前後に発売されていて思わず買って食べました。足りないと思いベストセラーのチキン弁当も買ってしまい両方喰ってしまいました。とうとう峠の釜めしも1000円の大台にのりました。400円の頃を知っている者にとって、こんな値段になってしまったのかと思いました。

先月秋田からの帰りに秋田駅に大館駅の鶏飯が売っていました。食べてから知ったのですが、有名な鶏飯だったようで、東の大館、西の折尾の鶏飯だったとは知りませんでした。

有名な富山のますのすしは食べた記憶があります。森駅のいかめしもデパートの駅弁展で食べたようなという感じです。

牛肉どまんなかとか仙台の牛タン弁当はおいしいらしいですね。

最近思うのは、現地に行って温かくておいしいもの食べた方がいいような感じもしますが。

by あさま55号 (2014-12-04 22:41) 

Cedar

最近のグルメ志向とは違う駅弁の時代を、懐かしく思いだしました。こうして見ると駅弁屋さんって重労働だったですね。
by Cedar (2014-12-05 00:05) 

京阪快急3000

今は駅弁は駅の売店などで購入できますが、この時代は、こういったスタイルの販売の仕方が主流だったのですね。こうして見ると、駅弁屋さんって重労働ですね。
by 京阪快急3000 (2014-12-05 06:01) 

HHP8

4〜5年前東武鉄道の今市駅で、このスタイルのお弁当屋さんから弁当を買いました。会津田島で乗る前に食料調達が出来ず、浅草まで我慢を覚悟してたので本当に嬉しかったです。
by HHP8 (2014-12-05 10:30) 

水雷艇

鰻メシ100円!って安い~…のかな?
昭和37年は僕が10歳の頃ですが、その頃の物価ってどんなだったのでしょう?
東京から田舎(滋賀県)まで東海道本線に延々と乗ったことを思い出します。お茶はまだ陶器じゃなかったかな?その後、なんかふにゃふにゃのプラスチック製になって、飲みづらくなりましたね。
by 水雷艇 (2014-12-05 14:02) 

のり

駅弁のお話、楽しく拝見させていただきました。
すっかり見かけなくなってしまいましたね。今では、駅弁売りさんがおられることを売りにしている駅もありますね。それほど珍しくなってしまいました。
汽車旅自体が、その質ごと変わってしまったので、仕方ないのかもしれませんね。

登場した頃のブラスチック製のお茶入れは、独特の匂いがして、お好みではありませんでしたが、今のようにお茶が自販機で容易に手に入る時代ではなかったので、仕方なく飲んでいた記憶があります。
by のり (2014-12-05 15:14) 

む〜さん

■■ あさま55号様:
 経木の折り箱は殆どなくなってしまいましたね。ふたの裏についたご飯粒を箸でこそげて口に入れると木の香りがしましたね。
 いまは、デパートの駅弁大会とか、東京駅や新宿駅で各地の駅弁が買えたりします。便利で良いのですが、不便だったころも良かったなあと思います。
 お茶はやっぱりポリエチレン(?)は感じが出ませんね。容器の外からティーバッグ部分を抓んで揉み出す方式のもありましたね。
■■ Cedar様:
 お弁当も段々豪華絢爛となり各地で色々変わったものも出てきましたが、この頃の様な、素朴な時代もまた良いもんだったなあと思いますね。
 お弁当の販売員の方は木箱に弁当を山のように積んで、売り歩いて居ましたが、あの重さはどの位のものだったんでしょうね。高齢になって腰痛や膝関節痛になって居られるのではないかと、心配したりします。
■■ 京阪快急3000様:
 大きな駅ですとカートで売りに来ることもありましたが、たいていは肩から前に下げた箱に入れて売りに来ましたね。あの、売り声が良かったですね。
■■ HHP8様:
 東武の下今市駅のお弁当屋さんはGoogleの画像検索で沢山出てきました。長距離旅客輸送の東武って感じで良いものですね。
■■ 水雷艇様:
 うなぎ飯が200円は結構な値段だろうと思います。相和35年は、ラーメンが35円、もやしそばが40円でしたので、まあ、高いですが無理な金額ではなさそうです。今だったら如何なんでしょうね?
 何しろ最近は東海道本線を通しで乗ったことが無く、現状が分らなくなりました。
■■ のり様:
 なにしろ窓が開かなくなってしまったので、窓から買え無くなってしまいました。店舗売りか車内売りでしょうが、いまでは、売店でお茶のペットボトルと一緒に買って、ポリエチレンのレジ袋に入れて車内持ち込み・・・と言う手順なんでしょうね。
 関西の方にはお分かりになりにくいと思いますが、関東のJRでは、4ドアのロングシート車が大増殖して居まして、車内で飯が食えなくなってきています。特急や新幹線は食べられ、飲めますが、在来線の各停は、かなり難しいですね。ロングシート車で、車窓風景を愛でつつお酒なんてのは無理ですから・・・・・。

■■♪♪ tochi様:
■■♪♪ まめうさ様:
■■♪♪ makimaki様:
 「nice!」有難う御座います。
by む〜さん (2014-12-05 17:41) 

伊豆之国

駅弁の立ち売り、もはや絶滅危惧種になりましたねぇ…。幼少時代、父の故郷・伊豆への旅を思い起こすと、当時の湘南電車の急行の、まだエアコンも無かった二等車のボックスシートから、多分列車の分割で停車時間が長かった熱海が多かったと思うのですが、立ち売りのおじさんが近づいてくるといつも名物の「冷凍みかん」などをおねだりしたことなどが記憶に残っています。また、その頃立ち売りで買ったお茶のパックは、あさま55号様がおっしゃるように、プラスチックの急須のようなボトルで、中にティーバッグが入っていて、それに熱いお湯を注いで入れるというようになっていたのを覚えています。
駅弁の立ち売り、10年ほど前に仙台駅や新潟駅の在来線ホームで見かけたことがあるのですが、窓が開かない特急列車と長椅子式で弁当も食えない通勤電車ばかりになった昨今、時刻表に「弁」マークがあってもホームにさえ駅弁売り場が無く、コンコースの売店でしか売っていない、と言う駅も多そうです。昨年の夏、日光からの帰りに東武に乗ったとき、下今市駅のホームにいまやJRでも稀少価値になった駅弁の立ち売りがいたのを見て、大いに驚いたものでした。

♯私事ですが、長らく病気療養中だった母が、先日、極楽浄土への旅立ちの日を迎えました。昨日がお通夜、今日は告別式から帰ってきたところ。相続やら何やらで忙しくなりそうで頭が痛い…。
by 伊豆之国 (2014-12-05 20:41) 

む〜さん

■■ 伊豆之国様:
 お母様がお亡くなりになったとの事、謹んでお悔やみ申し上げます。暫くはご多忙と思いますが、お体気を付けて下さいます様。
 駅弁も駅で買って特急の車内で食べる事になりますね。あの窓を背にして、大勢の乗客の視線の中では落ち着いて食べられませんし、車窓風景も眺められません。お弁当会社としては、自宅持ち帰りとか、デパート駅弁大会とかに力を入れることになります。特殊弁当も大増殖して、妙な方向に進化しているみたいです。
 自宅に持ち帰っても、包装を解けば、旅のイメージが沸き上がりますよね。時々、家内と食事だけの旅に出ることがありますよ。

■■♪♪ hideta-o様:
■■♪♪ フジトモ様:
 「nice!」有難う御座います。
by む〜さん (2014-12-06 21:38) 

水雷艇

確かに最近はデジカメだから枚数を気にすることが無くなりましたね。気になるのは電池の減り!?
昔は36枚撮りでもう30枚撮っちゃったから、あと6枚…?いや、うまく行けば37枚撮れることも…なーんて考えながら撮っていたし、撮影が終わってまだ5枚とか残ってたりすると、このまま現像に出すのもしゃくだし、とは言え意味の無いカットを5枚撮ってもサービスサイズ1枚10円するから50円勿体無いし…とか思い悩んだのは今は昔ですね。
by 水雷艇 (2014-12-08 13:47) 

はーさん

JR九州、鹿児島本線の折尾駅のホームの名物駅弁売りの
おじさんがダウンして、一時、途絶えたのですが、希望者
がおり、復活したようです。
名物の東筑軒のかしわめしとともに頑張って、ほしいですね。
by はーさん (2014-12-08 17:50) 

む〜さん

■■ 水雷艇様:
 私がデジカメを使い始めたころはメモリカードの容量も小さく、しかも高額でした。以来15年、価格はどんどん安くなり、容量は逆に比較にならないくらい大きくなり、もう、タダ同然ですね。
 DP屋さんにフィルムの同時プリントで現像をオーダーし、それをワクワクしながら受取に行く・・・・良いものでしたね!
 昭和34年の年末、オリンパスペンが発売され早速、卒業祝いと言う事で親父が買ってくれたのです。フィルム代が半分になりましたので、メモとしてどんどん撮りました。
 ・・・・が、何と言う事でしょう!そのフィルムはみんなビネガー症候群とかで、殆ど使い物になりません。嗚呼!そのなかで、ホームページ用に早期に電子化したものだけ生き残って居ます。この電子データだって、何時使えなくなるか分りませんね。
■■ はーさん様:
 折尾駅のお弁当屋さんは、かしわめしとともに名物ですね。大変美味しいらしいのですが、未体験です。お弁当を山と積んで、肩から箱を下げて売り歩くなんて、今の人は中々出来ないと思います。それもありますが、一番の問題は、車中でお弁当を食べる事が難しい事になりました。窓は開かない、椅子はロングシートと、条件が悪くなりました。
 昔のあののどかな車中の風景、空気が懐かしいです。同じボックスに座った見知らぬ人と、警戒心なしでお話したり、記念写真を撮って住所を聞いたり、食べ物を交換したり、そんな時代を知って居るだけに、現代のギクシャクした車中の空気が辛く感じられます。
by む〜さん (2014-12-08 20:12) 

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