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小田急9000形電車のこと [小田急・江ノ電・箱根登山]

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pen-pc.gif 二月の当ブログは、何と更新を4回しかしなかったと言うという寂しい結果となりました。寒いし、出かけるチャンスも少なかったので、まあ、仕方がないといえばそうなんですが、もうちょっと頑張ればよかったなあ・・・・と思います。

 前々回の当ブログで「小田急ロマンスカー50000形VSEデビューの頃」と言うのをアップいたしましたが、箱根湯本駅でVSEの向こうに停まっている写真がありました。
 地下鉄乗り入れ車として華々しく登場した9000形。ちょっと、まとめてみようと写真を探したのですが、なんと、10枚くらいしかないのです。これには驚きました。たしかに系統立てて撮っておりませんので、仕方が無いのですが・・・・。

pen-para.gif ・・・・・で、その9000形の写真を並べてみようと思います。これで、2月の更新は、ぎりぎりで5回になりました。やれやれ・・・・。来月は、もう少し頑張ろう!!!

■■■ 小田急9000形電車 ■■■

pen-para.gif Wikipediaに拠りますと、小田急の9000形は1972年~1977年に営団地下鉄千代田線乗り入れ用として、4連と6連が各9本、合計90両が製造された界磁チョッパ制御の4ドア20m級通勤車。1973年のローレル賞を受賞。
 意外と早く、2000年より廃車が始まり、2006年3月17日で定期運用を終了。9001が保管されて居る。・・・・・・そんな記述がありました。

 特異なデザインの前面は、骸骨なんて呼ばれたりしている様ですが、このニックネームは、あまり好きではありません。でも、似ているとも思いますね。

 で、以下、撮影順に並べて見ます。

pen-para.gif 1977年:相模大野駅で撮影。
(1) 早朝の新宿行・急行。
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pen-para.gif 2005年2月22日:多摩線、小田急永山駅~はるひ野駅間の電車見橋近くで。
(2) 9001ほか8連の区間準急・新宿行。
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(3) 9003ほか8連の唐木田行・各停。
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pen-para.gif 2005年6月6日:箱根湯本駅
(4) 到着した新しいロマンスカーVSEの脇でひっそりと控える9000形。
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(5) (4)の9000の部分を拡大してみます。急行・相模大野行。
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pen-para.gif 2005年9月5日:湘南台駅へ撮影に行きました。そのなかに何枚かの9000。
(6) 9702ほか6連の町田行・各停。
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(7) 9701ほかの快速急行・藤沢行。
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(8) 9702ほか6連の片瀬江ノ島行・各停。
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(9) (8)の9402ほか6連の片瀬江ノ島行・各停。向こうに5000形の姿が見えている。
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pen-para.gif 2005年11月28日:町田市内南大谷のカーブで。
(10) 9704ほかの急行・片瀬江ノ島行。
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pen-para.gif 2005年12月5日:湘南台駅近くで。
(11) 9705ほか6連の各停・片瀬江ノ島行。
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coffee.gif 今月の更新が滑り込みで5回にはなりましたが、余りの少なさに仰天しました。同様に、小田急9000形の画像、余りの少なさに仰天でした。銀塩のフィルムをひっくり返したら、多少は出てくるかもしれませんが・・・・。
 では、また次回に!!!!!


小田急ロマンスカー50000形VSEデビューの頃 [小田急・江ノ電・箱根登山]

icon_odakyu150.gif pen-pc.gif小田急と言えば特急ロマンスカーで箱根だけれど、そのロマンスカーの中でも一番人気があるのは50000形VSEでは無いかと思っています。私自身としては、イチバンは7000形LSE(オリジナルカラー)だけれども・・・・。
 2005年3月19日、その、50000形VSE・・・Vault Super Expressが営業運転を開始してから、早いものでもう9年が経って居ります。そんなデビューの頃の姿を、さほど撮っていない私のディジタルカメラの画像データの中から、選んでみました。

■■■ 小田急ロマンスカー50000形VSEデビューの頃 ■■■

pen-para.gif 試運転
 2004年の11月末でしたか、第一編成が搬入されマスコミ発表が行われたとのこと。たしか、NHK-TVのニュースの映像では、大野の車庫の扉が開き、スモークの向こうから現れたような気がしますが、9年昔のこととて記憶はいい加減ですが、なんだか、凄い電車だなあ!乗りたくなる電車だなあ!と思ったものです。

(1) 私が始めて実物の姿を見たのは翌2005年1月5日の事でした。私は、320万画素のコンパクトデジカメを持って、江の島線の南林間駅で試運転電車を待っていました。
 相模大野の方から現れたVSE、私は興奮してしまって、シャッターを早く押しすぎてしまいました。画面の中に小さく写ったVSEをトリミングで・・・・・。
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(2) 2005年2月2日・・・・鶴川駅~玉川学園前駅間の和光大学脇の試運転列車。
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(3) 2005年2月22日の試運転列車は多摩線の小田急永山駅~はるひ野駅間の電車見橋の近くで撮りました。
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pen-para.gif 営業運転に入ったVSE
 営業運転に入ったのは、2005年3月19日とのこと。新宿駅では盛大な出発セレモニーもあったらしいけれど、私は行って居りません。
 2005年4月5日・・・・たまたま、新宿に所用で行ったときに、VSEの到着を見ました。このときが、初めて見た営業運転だったのです。

(4) 09:50 丁度、VSEが入線するところでした。新宿駅の特急ホームは異常に人が多かった。それも、鉄道ファンではない様な、普通の方々が多かったのです。ああ、これだけ、人気があるんだなあ!と感心し、我が事のように嬉しかったのです。(オレンジの壁面にもご注意下さい)
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(5) 09:53 特急ロマンスカー50000形VSEの到着です。皆さんの視線が集まります。
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(6) 一番前に出させていただいて一枚。
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pen-para.gif 初めて乗ったVSE
 その年、2005年6月6日の事でした。鉄道ファンの友人が頑張ってくださって、展望席の最前列を買ってくださいました。学生時代からの鉄道仲間、打ち揃って、最前部からの展望を楽しみながら、箱根へ一泊旅行です。

(7) 11:39 当日は嬉しくって、おっそろしく早く家を出ました。早すぎて時間つぶし。当時、小田急百貨店町田店の8階にあった喫茶店で珈琲を飲みつつ、眼の下を往き来する小田急電車を眺めておりましたら、なんとVSEが来ました。向こうから来る通勤車は、5000です。
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(8) 12:49 小田急の町田駅・新宿方面行のホームで・・・・これが、私の乗る電車です。折角、VSEで箱根に行くのですから、新宿で友人たちと待ち合わせ、VSEで湯本入りするのです。そして、こんな時こそ、新宿へ行くのもVSEにしたい。
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(9) 13:23 ロマンスカーVSEは新宿駅に到着。折り返しの「箱根湯本行・スーパーはこね27号」になります。そして、それに乗るのです。もう、嬉しくって足が地に付かないような感じです。
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(10) 13:27 先頭車まで行って見ました。友人たちも集まって来て、乗車。箱根湯本行・スーパーはこね27号の発車時刻は記録がありません。
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(11) 14:50 複々線区間に入って、ここは何処の駅でしょうか・・・・中線を飛ばしてゆきます。
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(12) 15:12 急行・小田原行の8000を退避させて、相模大野駅の中線を通過。
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(13) 15:43 酒匂川を渡って、どの辺りでしょうか、VSE同士のすれ違いです。
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 箱根湯本駅に到着しました。

(14) 16:07 いま、乗ってきたVSEを写す。2番線には懐かしい電車、9000形。
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(15) 16:09 ホームの人たちみんなが、新しい特急ロマンスカーを見ています。この人気!乗りたくなる電車・・・これは重要な点の一つと思います。
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(16) 16:12 国道1号が見えている。
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(17) 16:18 VSEは新宿に向かって発車して行きました。
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 私たち一行は登山電車に乗り換えて強羅まで上がり、温泉に入って一泊。VSEを堪能した一日でした。

coffee.gif デビューした当時のVSEの写真を並べてみました。では、また!!!!


想い出江ノ電1959年 [小田急・江ノ電・箱根登山]

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pen-pc.gif 我が家は家内が中心になって、年末を控え、少しずつ家の中の片づけをしています。私の居る「PCルーム」といえば聞こえがいいが、三畳の3分の2のスペースなんですが、現在「ゴミ屋敷状態」なんです。
そこを、私がきちんと片付けることになりました。資料はあるし、パソコンに周辺機器、ソフトのCDなどがありますので・・・・。来年3月までには、PCも入換必至とあらば、機種検討もしなければなりません。タダじゃあ出来ないんですからね。マイクロソフトさん、恨むよ~!!

pen-para.gif 前回のブログ、「昭和37年の江ノ電」の反応がいいので、ちょっと年代を遡り、1959年・昭和34年11月の「江ノ電写真」を、私のホームページの画像から選んで並べてみました。スキャンした原画像から改めてトリミング・加工したものです。
 昭和34年11月といえば、大学4年の終わりごろで、卒論のめども立って割と気楽な時期でした。ブローニー半裁のスプリングカメラ「ミノルタセミ-P」を持って、鎌倉から藤沢まで、撮影にお出掛けです。
 
そんなフィルムの中から、私の気に入った写真を何枚か並べてみます。

■■■ 想い出江ノ電1959年11月 ■■■

pen-para.gif その日・・・・1959年・昭和34年11月30日・月曜日は、いいお天気!!!

(1) 和田塚駅に鎌倉行きの電車が着きました。何人かのお客さんが降り、駅員さんが切符の回収。先日、電車の中からこの和田塚駅を見たんですが、イメージを重ね合わせる事が出来ませんでした。なんたって、半世紀!
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(2) 長谷駅での列車交換。
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(3) 長谷駅に近い「御霊神社」前。「ごりょうじんじゃ」と読むのだそうです。
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(4) 極楽寺駅を出た電車が車庫の脇を稲村ヶ崎駅に向けて坂を下ってゆきます。
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(5) 丘の上から「七里ヶ浜駅」を見ています。小動の岬の上には、ぼんやりと富士山。それにしても、この川の荒れ方は半端ではありません。なにか、工事中だったのかもしれませんね。
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(6) 同じく、丘の上から、七里ヶ浜を行く江ノ電です。この撮影行で一番気に入った写真でした。この写真と(5)の写真を撮った丘は、いま探しても全く判りません。丘そのものがなくなってしまったのかもしれません。
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(7) 江ノ島駅近くの龍口寺前から腰越の商店街を見ています。現在のガッシリした架線柱にビーム、シンプルカテナリーと比べると、サッパリ・スッキリで空がうるさくありませんね。
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(8) 江ノ島駅の踏切です。500のお通り!!!踏切の向こうには三輪車、こちら側のクリーニング屋さんの自転車も最近は中々見かけなくなりました。
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(9) (8)の右側の「食堂のメニュー看板」が気になる方もいらっしゃると思いますので、部分拡大で・・・。ラーメン40円は、何時も大学近辺で食べていたのが35円でしたから、少々高めの観光地価格かな?「つぼやき」があるのがいかにも江ノ島ですね。
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coffee.gif 如何でしたでしょう?今週は、お出掛けが出来ず、そんな訳で、「昔写真」と致しました。
 ・・・・・では、また次回に!!!!!!


想い出江ノ電1962年 [小田急・江ノ電・箱根登山]

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pen-pc.gif 私のパソコンのブラウザ・・・・Internet Explorer-8(IE-6をオンラインでバージョンアップしたもの)の設定が、何故か変わって仕舞った為、更新不能になって居りましたが、ブログの大家さん、「So-net」さんのサポートスタッフさんの親切な対応、アドバイスで、復旧~更新を再開できました。

pen-para.gif とは言うものの、「お出かけが無ければ記事が書けない」わけで、懐かしい昔の画像を一寸並べて見ます。

■■■ 想い出江ノ電1962年9月 ■■■

pen-para.gif 1962年・昭和37年9月、社会人三年生の私は、大学時代の鉄道仲間とともに、江ノ電を撮りに出かけました。ここは、鵠沼駅に近い境川の鉄橋
 まだ、田圃が残り・・・・もっとも、この年にお米は作られなかったように見受けられましたが・・・・その広い風景の中、湘南海岸公園駅側から江ノ電電車が現れ、境川鉄橋を渡って、右に急カーブ、鵠沼駅に入って行きます。

(1) 私は境川の川辺に立っています。現在此処には、戸建の住宅が建ち並び、こんな風景を偲ぶ手がかりも無さそうですが、よ~く探せば、何か残るものもあるのでしょう。
 大きなカーブを、電車が近づいてきます。1D10D2+2D10D1の窓配置は何型だったのでしょう。
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(2) 小さな橋梁を渡る。
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(3) 窓全開が9月を感じさせます。やっぱりポール集電は素晴らしい!
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(4) 現在の境川橋梁とは違い華奢な作りですが素敵な鉄橋ですね。架線柱のアバウトな感じが堪りません。
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(5) 鉄橋を渡ると右に急カーブ。鵠沼の家々の松ノ木がいい感じです。
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(6) 徐行しながら鵠沼駅へ・・・・・・。
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pen-para.gif 私は当時、横浜市に住んで居りましたが、次の年、昭和38年には、この境川の上流20数kmの町田市に引っ越す事になるのです。

(7) 鵠沼駅で交換したのでしょうか・・・・・鎌倉行の電車が鉄橋に掛かってきました。
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(8) 境川を渡り終えて目の前を通過する。太陽の光を横から真っ直ぐに受けて、「大露出過度」。色々頑張ってやっとナンバーが「302」と読める程度にはなりました。
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(9) 鵠沼駅側から写しています。藤沢行・・・・当時としては画期的デザインのポール電車500形(501+551)が鉄橋を渡って来ます。
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coffee.gif 今回は、昭和37年9月、オリンパスペンで撮影した江ノ電をご覧頂きました。画像の質が悪く、ホームページに載せないで居りました。かなりの半ボケですが、ご容赦下さい。

 では、また次回にご期待を!!


13年前の江ノ電(平成12年) [小田急・江ノ電・箱根登山]

pen-pc.gif ネタが切れてしまいまして、窮余の一策。一度はブログに採り上げた筈ですが、再登場させました。

pen-para.gif 先日、「お出かけ通信(731)」(11月6日刊)と「お出かけ通信(732)」(11月9日刊)で、「江ノ電の腰越と七里ヶ浜駅付近の様子」のルポをお届けいたしましたが、今回は、今から13年の昔、2000年・平成12年4月17日に「江ノ電を訪問」したときの写真をご覧頂きます。
 当時私は、まだブログを発行しておらず、20人ほどの友人たちに、OutlookExpressメールの「同報機能」を使って。BCCで「メール版のお出かけ通信」を送信していたのです。その記事はホームページにまとめてありますが、その記事の一部を再録して、ご覧頂きます。

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pen-para.gif ■■■ "湘南モノレールと江ノ電"の旅(抄録) ■■■

 今から13年前の2000年・平成12年4月17日・月曜日、急に思い立って、私、江ノ島に行ったのです。当時使っていたカメラは、130万画素のオリンパスC-830Lで、画質はそれなりで、拡大してナンバーを読み取るなんて芸当は出来ない事が多かったですね。

pen-para.gif JR横浜線で東神奈川、横浜からは東海道本線クハ211-1に乗りまして、大船で降りました。湘南モノレールに乗りまあう。

(1) 12:39 モノレールの大船駅。なかなか未来風の眺めです。ここから15分足らずで終点の湘南江の島。300円です。
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pen-para.gif モノレールの湘南江の島駅はなんとなくぱっとしない感じです。一寸歩くと、江ノ電の江ノ島駅。

(2) 13:07 さて、江ノ電の江ノ島駅はすぐそこでした。山小屋風?の駅で4両編成の電車が交換しました。ナンバーは読み取れませんが2000が居ます。
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(3) 13:09 藤沢行の1201が入りました。
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pen-para.gif 駅のそばの食堂で昼食。腰越の通りへ・・・・・。竜口寺から腰越に向けての単線・併用軌道区間の江ノ電は中々雰囲気あります。何となく、のんびりした、ローカルっぽい風景でした。

(4) 13:43 1101の藤沢行。後には304+354。
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(5) (4)の最後部、354です。
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(6) 13:45 江ノ島の駅から併用区間に電車が顔を出すところはいいものです。2000ですが、ナンバーはやっぱりわかりません。
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(7) 後には1502がついてました。
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pen-para.gif 折角ですから、江ノ島を眺めまして、トンビの多さに驚き、そして、竜宮城風の小田急、片瀬江ノ島駅へ。

(8) 13:58 片瀬江ノ島駅前の境川にかかる弁天橋というらしい人道橋から境川の上流方向を眺める。此処から遥か25kmほど遡ったあたりが、私の住んでいる町田市。
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pen-para.gif 龍宮城の片瀬江ノ島駅から小田急です。

(9) 14:04 帰りの電車、新宿行きの急行は5000で、十分に空いており、のんびり居眠りしながら家に向かったのです。
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pen-para.gif 5時間ほどの楽しい旅ではありました。江ノ電も、たまには良いなあと思った旅でした。13年経った今、思い返してみると、江ノ電の電車も沿線風景も、吃驚する様な大変化はありませんね。新車の500が二本入り、300が減りましたが・・・・・。
 それだけに、何度も訪問したくなる電鉄と言えます。

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この時の旅行記は下記URLに2000年当時の「メールマガジン」がホームページに再録されていますので、お時間が御座いましたら、クリックしてみてください。メール用ですので画像がかなり小さいのですが・・・・。
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/odetu100/ode015.htm

coffee.gif では、また次回に!!!!!!


小田急:丸い急行標識板 [小田急・江ノ電・箱根登山]

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■■■ 小田急:丸い急行標識板 ■■■

pen-pc.gif 昔、小田急の急行電車は、大きく急の字を書いた円盤を前面窓下に掲げて、走っておりまして、鉄道大好き少年の私の目には、それはそれは、格好よく映ったのです。その後、1964年でしたか、車体幅の広い2600系NHE車や、1969年の5000系の出現で、前部のオデコに小窓を造り、列車種別の表示をするようになりました。小窓の無かった2200などの電車たちにも、小窓が付けられ、何年だったか覚えて居りませんが、丸い急行標識板は、無くなってしまいました。

pen-para.gif 今回は、そんな急行標識を掲げて居た頃の、懐かしい写真を並べてみました。

(1) 1954年・昭和29年10月・新宿・デハ2000以下3連の急行箱根湯本行・・・・・この頃の車体の色はチョコレート色
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(2) 1954年・昭和29年、鉄道ファンの我が兄、む~に~さんが箱根登山鉄道風祭駅で撮影のクハ1450ほかの急行箱根湯本行
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(3) 1954年・昭和29年12月、クハ1650ほかの急行箱根湯本行、足柄~小田原間
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(4) 1954年・昭和29年12月、箱根登山鉄道箱根板橋を通過する新宿行急行のデハ2000ほかの3連
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(5) 1960年・昭和35年1月参宮橋駅を通過するデハ2200ほかの箱根湯本行急行・・・・・カルダンドライブのデハ2200は、ブルーと黄色の二色。この色はやがて他形式にも広がってゆくのでした。
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(6) 1960年・昭和35年1月、成城学園前駅を通過する箱根湯本行急行のデハ2200ほか
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(7) 1963年か64年・昭和38~9年ごろの新原町田駅(現・町田駅)に進入するデハ2200ほか6連の急行新宿行
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(8) 1963年・昭和38年1月新松田駅付近でクハ2450ほか4連の急行新宿行
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(9) 同日・同場所で箱根湯本行急行のクハ2450ほか
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(10) これまた、同日・同場所、箱根湯本行急行のクハ2450ほか
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(11) 1965年・昭和40年4月、相武台前で写したクハ2450ほか4連の小田原行ですが、「快速準急」
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(12) 1966年・昭和41年の春、新原町田駅付近で小田原行・快速準急、クハ2450ほか
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coffee.gif 今回は、丸い急行標識板を付けて走る小田急の姿を特集して見ました。
 では、また次回に・・・・・!!!!!


タグ:小田急

ロマンスカー「VSE」のアルバム [小田急・江ノ電・箱根登山]

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pen-pc.gif 今回は、小田急の特急ロマンスカーのフラグシップ、VSE・50000形の写真集です。

■■■ 小田急ロマンスカー「VSE」のアルバム ■■■

 VSEと呼ばれる50000形は、2004年・平成16年11月に第一編成、翌年2005年2月に第二編成が入線。試運転の上、2005年・平成17年3月19日より、正式運用に入った・・・・のだそうです。
 10車体の連接構造で、密閉型の三相かご型誘導電動機のIGBT・VVVF制御。ま、詳しい事はネットで検索すれば沢山出てきますので、そちらに任すとして、このVSE、二編成しかありません。しかし、その形状、性能など、小田急のロマンスカーを代表する電車と言えましょう。
 いままで、撮ったVSEの写真の中から、何枚か並べてみます。わたし的には、ロマンスカーの「好き度」では、LSE~VSE~MSE~EXEの順で、二番目のご贔屓ですが・・・・。

pen-para.gif VSEの試運転が始まりました。早速、撮影に出動!

(1) 2005年1月5日: 南林間駅
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(2) 2005年2月2日: 鶴川駅~玉川学園前駅
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(3) 2005年2月22日: 小田急永山駅~はるひ野駅間
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pen-para.gif VSEは、2005年3月19日から営業運転に入りました。

(4) 2005年6月6日: 鉄道ファンの友人たちと箱根・強羅温泉に一泊旅行。新宿からVSEの先頭展望座席からVSEを写す。小田原の手前辺り・・・・。
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(5) 2007年4月7日: 桜咲く鶴川駅~玉川学園前駅間の和光大学。
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(6) 2009年9月6日: 新百合ヶ丘駅
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(7) 2010年1月23日: 百合ヶ丘駅・・・・前面窓に映った青い空に白い雲。
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(8) 2010年9月6日: 小田原駅で、登山電車カラーの1000形と・・・・。
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(9) 2010年12月18日: 夕暮れの鶴川駅を通過。
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(10) 2011年1月8日: 玉川学園前駅~町田駅間。
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(11) 2011年1月22日: 鶴川駅付近で、夕日を背に。
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(12) 2011年1月22日: 鶴川駅付近。
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(13) 2011年2月15日: 雪の鶴川駅~玉川学園前駅間。
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(14) 2011年4月18日: 桜、菜の花の鶴川駅~玉川学園前駅間。
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(15) 2011年8月25日: 夕方の上り特急・・・・・町田駅~玉川学園前駅間。
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(16) 2012年4月7日: 和光大学の桜の花が開き始めた・・・・鶴川駅~玉川学園前駅間。
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coffee.gif VSEの写真を選別していると、改めて、ほんとにカッコ良い電車だなあと思いました。

pen-para.gifpen-para.gifpen-para.gif 実は、5月19日・土曜日、友人MHさんと一緒に、京成のスカイライナーに乗って成田空港まで行ってきたのです。
 電車に飛行機、実に愉快な一日でありましたが、直ぐには記事にまとめきれず、次回から、上下巻二回に亘って記事を書こうと思っています


小田急ロマンスカー/デハ3000・SE車 [小田急・江ノ電・箱根登山]

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pen-pc.gif 今日は、小田急のロマンスカーの中で、当時としては画期的な電車だったデハ3000・・・・SE車、SSE車の写真を並べました。

■■■ 小田急ロマンスカー3000・・・SE/SSE ■■■

pen-para.gif SE車・・・デハ3000は、1957年・昭和32年に、低車体高、8車体連接車としてデビュー、全部で4本ありました。SEとは、Super Expressの略で、製造当社はエアコンの装備は無く、窓は開閉でき、天井にはファンデリアが付いて外気を取り入れていました。
 この年、1957年には国鉄東海道本線の三島辺りで、速度試験を行い、145kmhを出しています。
 1968年・昭和43年、国鉄御殿場線の電化に合わせて、5車体に編成を短縮し(Short-SE:SSE車とも呼ばれて)、
同線乗り入れ用として、キハ5000、キハ5100に替わって活躍しました。そして、1991年には、乗り入れ専用特急車RSE・20000にバトンを渡しました。(Wikipedia調べ)

 そんな、SE車、SSE車の写真をご覧下さい。

(1) 1963~4年、新原町田駅を通過する新宿行特急。
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(2) 1963年1月、新松田付近で・・・・・特急「湯坂」。
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(3) 同上・・・・後から。
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(4) 1963年1月、新松田付近で特急乙女。
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(5) 1966年春、新原町田駅付近で、特急えのしま。
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(6) 1964年3月、下北沢駅で・・・・・特急名称、読めません。残念。
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(7) 1965年4月、相武台前駅付近で、特急きんとき。
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(8) 同上
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pen-para.gif こんどは、SSE車です・・・・・・。

(9) 1970年夏・・・・・・新松田付近を四十八瀬川に沿って走るSSE車・・・・・特急さがみ。
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(10) 1980年1~2月、特急あさぎり・・・・終点の御殿場駅。この息子も四十を越えました。
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(11) おなじ御殿場駅で・・・・・1980年1~2月
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pen-pc.gif 小田急のロマンスカーは、吊り掛けの2000形(1910)、1700形、から、カルダン2300、そして、連接のSE/SSEを経て、NSE3100、LSE7000へと進化して行ったのです。現在の、同じ連接車VSE50000の始祖となりました。ま、その辺は、各種の書物に詳細に出て居ります。
 この3000・・・・・海老名工場の専用庫に5車体のまま保存されています。片側が、オリジナルのSE顔、反対側がSSE顔になって居るのも嬉しいですね。脇の陸橋上から窓の中の車体側面が一寸だけですが見えます。

coffee.gif では、これでオシマイと致します。また、次回!!!!!


小田急:ロマンスカー3100・NSE [小田急・江ノ電・箱根登山]

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pen-pc.gif ・・・・・という事で、今日も小田急のお話です。それも、ロマンスカーの最大傑作と私が思っている、3100形NSE車。前面展望室付きの、この特急専用電車3100形NSE車
は、同じ前面展望室付きの名鉄7000形パノラマカー・・・・・1961年6月・・・・・に遅れること2年、1963年4月にデビュー致しました。
 なんて、良い格好なんでしょう!オルゴールみたいな警笛を鳴らしつつ走るのは、先代3000形SE車と同じですが、もう、一段どころか二段も格上の電車に見えたものです。

■■■ 小田急:ロマンスカー3100・NSE ■■■

pen-para.gif 3000形は11車体の連接構造で、7本製造され、廃車後は、6車体に短縮されたものが、小田急の喜多見工場に静態保存されていると、Wikipediaにありました。

(1) 1963年・昭和38年: まだ横浜六角橋に住んでいた頃、はるばす新原町田まで見に来たときのものです。境川の橋梁を通して、都南自動車教習所が見えますが、教習所は相武台前駅の傍に移転し、跡地・・・・かな?まあ、その辺り・・・・は、ヨドバシカメラになっています。
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(2) 1964年・昭和39年: NSE後部展望席に乗っているときに写したNSE・きんとき号です。私の乗った電車は、これから百合ヶ丘駅にかかる場面です。
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(3) 1966年・昭和41年: 新原町田駅で急行を待つ私の前を通過してゆく、はこね号のNSE。
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(4) 1970年・昭和45年: 新松田駅から渋沢駅への、四十八瀬川に沿う上り勾配を行くNSE。
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(5) 1972年・昭和47年: 新原町田駅~玉川学園前間で・・・・新宿行はこね号のNSE。
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pen-pc.gif 2年先輩の前部展望室付き電車、名鉄パノラマカー7000の写真も一枚割り込ませましょう。

(6) 1976年・昭和51年: 名鉄・国府駅付近を豊橋に向うパノラマカー7000。
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pen-para.gif 今度は現在見ることが出来るNSE。喜多見工場の保存車は、なにかイベントでもなければ見られそうもありませんが・・・・。

(7) NSEの先頭車両のみですが、小田急・開成駅前に居ます。ただ、何時もはシートのケースの中に収納されており、見ることが出来ません。
 神奈川県足柄上郡開成町のホームページに拠れば、見られるのは、毎月第二と第四日曜日、10次から5時までです。夏休みに当る、7月21日~8月31日の間は、毎日公開だそうです
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(8) 2006年5月29日、開成駅のホームから眺めたロマンスカーNSE3100の姿。たぶん今でも、このような姿が見られると思います。
 このNSE・・・・・公募で名付けられた「ロンちゃん」の名で親しまれているそうです。
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(9) アングルを変えて写してみました。何故。この日、駅から出て、傍まで行かなかったんだろう???きっと、何時来ても見られると、勝手に思い込んだんでしょう。
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icon_omake.gif 2006年10月17日付の当ブログで公開済みのものですが、「ステレオ写真」で、NSEを撮ったのがありました。
 1985年・昭和60年にペンタックスのステレオアダプターを使って撮りました。器具を使わずとも、慣れれば立体視出来ますが・・・・出来る筈です。「筈」と書いたのは、どうしても見えないと、仰る方もいらっしゃいます。
 裸眼での立体写真の見方には、「交差法」と「平行法」がありまして、「交差法」は右目で左の写真、左目で右の写真を、指などを補助に使って見ます。「平行法」は、左は左目、右は右目で見ます。
 実を言いますと、私は「交差法」では見えますが、「平行法」で見ることが、如何しても出来ません。
 「交差法での見方」は、モニターと顔の中間あたりに指を立てて、指を見ると、その向こうに像が三つ見えます。その真ん中の像に意識を飛ばせて、焦点を結ばせれば、立体感のある像が見えます。

(9) 交差法でご覧下さい。
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(10) こっちは、平行法で立体視出来る筈ですが、私は不得意で・・・・。
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coffee.gif 今回は、これで・・・・・、また次回!!!


タグ:小田急

小田急:愈々お終いデハ5000 [小田急・江ノ電・箱根登山]

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pen-pc.gif 数日前のSo-netブログのサーバートラブルの余波だと思うのですが、コメント関係のプロフィールアイコンが表示されないものが出て来たのです。私のVSEのアイコンも、ブログページの左上のアイコンは表示されるのですが、コメントや「nice!」のアイコンが駄目になりました。いろいろやってみたのですが、うまく表示されません。ほっておけば、そのうちに治ると思うのですが、思い切って、永年、お世話になった「VSEアイコン」を、新しいものに変更する事にしたのです。
 新しいプロフィールアイコンは、このページの左上に表示されているような、デハ5000の顔を新アイコンに致しました。このアイコンは、以前よりツイッターで使用しており、気に入って居るのです。
 いよいよお別れのデハ5000への想いを込めて・・・・・・・。

 ・・・・・さて、本題です。

pen-pc.gif 小田急さんのホームページによれば、1969年・昭和44年以来馴染んできたデハ5000は、次第に廃車となり4連一本となって居りましたが、遂に2012年・平成24年3月16日をもって完全引退と云う事になりました。

■■■ 小田急:愈々お終いデハ5000 ■■■

pen-pc.gif デハ5000は、1969年・昭和44年から、1982年・昭和57年までの13年間に180両が製造され、小田急の代表的車種となって居りましたが、引退との話。残念ではありますが、製造後30年、ご苦労様と、見送ってやりたいと思って居ります。
 その退場を惜しみ、永年、私たちを運んでくれた業績を称えて、最後の「小田急顔」デハ5000写真を並べますので、ご覧下さい。

pen-para.gif  2007年3月19日、キャノンIXY320/320万画素ディジタルカメラを持って、町田駅の新宿側の引き上げ線に、町田駅折り返しの5000(5200)の6連が待機しておりました。町田駅から二つ目の踏切脇から、また踏切を渡りつつ写したものです。今、考えれば、この時は引退の事など全く考えてもいませんでした。下降窓の5200の6連・・・・カッコ良いなあ!!!と思ってカメラを向けたのでした。

(1) 先頭車は5551・・・・堪らんですね~、この姿!
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(2) 3562を先頭に3000が来ました。行き先は快速急行・相模大野と「読めないでもない」のですが、このころ、そんな運用があったかどうかの調査もして居りません。その後、カメラが現用機のキャノンパワーショットG9となって、行先表示が読めるようになったのは、嬉しかったなあ。
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(3) 踏切が開いたので、迫ってみました。
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(4) 真正面から・・・・。
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(5) 低い位置の正面から・・・・。
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(6) 真横から・・・・。左端に踏切道の一部が写っています。
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(7) 線路脇の道を、新宿方面に歩いて、反対側の先頭(5265)から・・・・。
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pen-para.gif ここから、カメラがキャノンパワーショットG9に変わります。画像の切れが良くなり、行先表示が読めるようになりました。本音を言えば、もっと「上級機は欲しい」のですが、「諸般の事情」にて、「重いから、このパワーショットG9で良いのだ!」と、負け惜しみを言っています(爆笑!)。

(8) 2009年3月16日(偶然ですね!)、小田原駅~足柄駅間、箱根湯本~新松田間ローカル。
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(9) 2008年2月22日、町田駅~玉川学園前駅間。先頭は5258で、後の6両は1000でしょうか・・・・。
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(10) 2010年8月9日、百合ヶ丘駅、急行・片瀬江ノ島行の5061。
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pen-para.gif たしか、一年ほど前、2010年2月13日の当ブログで「小田急顔」で、既に発表した画像ですが、懐かしい顔を並べます。(新しく画像加工は致しました)

(11) 5000の4連(1972年11月: 玉川学園前駅~新原町田駅)
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(12) 2600NHE車(1970年8~9月: 渋沢駅~新松田駅)
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(13) 2400HE車(1963年1月
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(14) 2400HE車(1963年1月
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(15) 1954年5月、東北沢駅、稲田登戸~新宿の各停、2101+2151)。わたし的には、この2100形が、所謂小田急顔の元祖だと思って居ります。
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(16) 1954年12月、小田急顔の元祖はこの1600だと仰る方もいらっしゃいます。貫通ドア部の手摺が素敵なアクセントです。 
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pen-pc.gif 2220とか、2320、1700、1900、キハ5000・5100など、小田急顔は居るのですが、キハは別として、あまりに日常的電車であった所為でしょうか、殆ど撮っていないのです。こんなんで、小田急ファンだなんて言ってますが、困った、む~さんではありますね。

coffee.gif 今回は、こんなところでオシマイと致します。


タグ:小田急
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