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広島岡山大阪:2000年( 6) [2000年の旅]

■ 『広島・岡山・大阪の旅』の第六回。2000年(平成12年)4月24日(月)~25日(火)の広島・岡山・大阪の旅から、広島の路面電車「広島電鉄」。本日は独逸からやって来た異人さん、『Green Mover 5000形』特集です。

 広島の市内電車を堪能(4) 

2000年(平成12年)4月24日・月曜日の14時ごろ、『土橋』電停から、宮島行きのグリーンムーバー5000型に乗車しました。

(1) 5000形の車内は、こんなになっています。運転台、スゴイです。青い操作盤が右側から伸びて、コクピットと言った方がいいような雰囲気です。超低床車なので駆動装置が車内へ出っ張り、それをカバーして座席にしてる所は私みたいな短足だと、足が下に付かない悲劇も・・・・(笑)。

 電車は西広島・己斐から先、宮島までは宮島線というらしいのですが、専用軌道を走ります。乗り心地も大変よろしい。道床の割石も分厚くて、なかなかいい線路です。最高速度はどのくらいだったのでしょう・・・・忘れました。終点の宮島まで行くつもりでしたが、結局途中の『鈴峯女子大前』までしか行きませんでした。

(2) 鈴峯女子大前でのグリーンムーバー5003Bです。

(3) 5003は宮島へ向けて走り去る。右側はJR山陽本線。

(4) 鈴峯女子大前で・・・・・・。

(5) これは、駅に張ってあったパセオカードというカードのポスターです。宮島の船とか、バス、アストラムラインとも共通な便利カードです。私も利用しましたが、何処かへしまい込んでしまったらしく出てきません。

(6) 広島駅行きの5000形トップナンバー。

(7) 上と同じ5001B。

(8) もう一枚、5000形。ナンバーが読み取れませんが・・・・・。この辺がやっぱり130万画素機の辛いところ。


■ 鈴峯女子大前で写した5000形グリーンムーバー特集でした。

 次回は、同じ鈴峯女子大前での、他の形式をご紹介致します。

・・・・・では、次回!!!


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広島岡山大阪:2000年( 5) [2000年の旅]

■ 『広島・岡山・大阪の旅』の第五回。2000年(平成12年)4月24日(月)~25日(火)の二日間、広島・岡山・大阪の旅から、広島で路面電車を見物中。今日で広島編も5回目で、2000年(平成12年)4月24日・月曜日の事を綴っております。

 広島の市内電車を堪能(3) 

 アストラム見物を終えて、『本通』地下駅まで戻ってまいりました。地上に出れば、紙屋町の交叉点で、広電の紙屋町東と紙屋町西の電停があります。

(1) 紙屋町の交叉点です。そごうデパートがあり向こうの方は広島城址の公園のようです。650形651宇品ゆき3系統が通過して行きます。

(2) 同じく紙屋町交叉点。電車は1900形1907で言わずと知れた、元・京都市電。

(3) 来た電車に乗ってしまって、いくつか行った四つの系統の往来する『土橋』電停でグリーンムーバーを待ちました。その間にも、色々な電車がやって来て応接に暇がありません。これは、元・大阪市電2601形の900形904。

(4) 上と同じ車両904。

(5) 『土橋』電停の表示。

(6) 『Green Liner』3950形3951A・・・実にスマートで、お顔のデザインが素敵です。

(7) これも、元、大阪市電の1651形で、ここでは750形の761です。


■ 上の写真(7)の右側に写っている『Green Mover』5000形。これに乗ったのだと思われます。上の写真が13時59分の撮影で、次の駒が、5000形車内の写真、14時01分の撮影になっていますから・・・・。
 その5000形・・・たぶん5003Bで、西に移動しました。お好み焼きも食いたかったけれど、今日の最大の目的は、この5000形に乗ることで、いよいよ初乗りです。
そのお話は、また明日、致します。では、次回!!! 


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広島岡山大阪:2000年( 4) [2000年の旅]

■ 『広島・岡山・大阪の旅』の第四回。 2000年(平成12年)4月24日(月)~25日(火)の二日間、広島・岡山・大阪の旅から、広島で路面電車を見物中です。2000年(平成12年)4月24日・月曜日

 お昼ごはんと新交通システム 

(1) 銀山町~胡町あたりで電車見物撮影を終え、11時も過ぎてお腹も減りました。折角、広島へ来たんですから、ここは、もう名物お好み焼しかありません。・・・・と、言うか、広島お好み焼きを食べたいって事も、今回の旅の発端でもあったのです(笑)。疑問解決系のメールマガジンの発行者の方に教えていただいた、お好み焼屋さんが沢山集まっている『お好み村』まで、何処を如何歩いたのでしょう。こんなアーケードを歩いて行きました。

(2) そして如何にかたどり着いた「お好み村」の入っているビル。

(3) 教えていただいたお店は二階にある「新ちゃん」。11時25分ですからお客さんもいらっしゃいません。貸切状態で、内容物たっぷりの「新ちゃんスペシャル1,200円」を製造過程を観察しながら、美味しくいただきました。広島式お好み焼って、簡単に言ってしまえば、丸く幾層にも重ねた五目焼きそばなんですね。

 ・・・・・完成品250φ/H=60、と断面です。

(4) さて、お腹も満足したので今度はゴムタイヤ・案内軌道の新交通システム『アストラムライン』です。さっきとは別のアーケード商店街を見物しながら・・・・・。

(5) 『紙屋町』の交叉点の地下にある、「広島高速交通㈱アストラムライン」の始発駅、『本通』駅に入りました。密閉式ホームなんで写真も撮れません。車内はがらがらで、採算は如何かと少々気になりました。もっとも、通勤通学時やサッカーがあるときなんかは満員なんでしょうが。二つ先の白島(はくしま)から地上に出て、景色堪能で快適に走り、やがて線路は太田川の川べりに出ました。不動院という駅で下車しました。

(6) 車中からサーチして見つけた高層マンション。丁度、藤の花も満開。

(7) 今はセキュリティが厳重なのでしょうが、7年前は、今みたいな剣呑な世の中ではなかったようで中には入れて頂けました。九階までに登りまして、非常階段から、何枚かを撮影、菜の花咲く、太田川の景色もついでに鑑賞いたしました。

 左側が太田川、向こうのほうに不動院駅が見えています。

(8) 空は青く、川の流れは清い、山は緑、実に素晴らしい眺め。こんな住宅に住みたいものです。全線18.2km、21駅、所用時間35分、470円(最低料金180円)、車両は6両編成の6000系。24本あるそうで一本の定員は286人、とアストラムラインのホームページにありました。

(9) 列車を二本ほど写して、下へ降りました。

■ 不動院前駅あたりには30分ぐらい居たでしょうか・・・・同じコースを『本通』まで引き返しました。


■ これで、あっという間のアストラムラインはお仕舞いで、お話は次回から再び広島電鉄に戻ります。


 今回関連のホームページはこちら・・・・・

(A) アストラムライン
http://astramline.co.jp/

(B) お好み村(訪問地図はこちらに・・・・)
http://www.okonomimura.jp/

(C) オタフクソース(お好み焼きの作り方も出てます。ご覧になると広島バージョンのお好み焼きが作れる・・・・かも知れません。たぶん・・・・)
http://www.otafuku.co.jp/


・・・・では、また次回に!!!!


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広島岡山大阪:2000年( 3) [2000年の旅]

■ 『広島・岡山・大阪の旅』の三回目。 2000年(平成12年)4月24日(月)~25日(火)の二日間、広島と岡山に路面電車を訪ね、大阪の豊中市にも立ち寄った旅の1日目、2000年(平成12年)4月24日・月曜日です。

 広島の市内電車を堪能(2) 

 昨日に引き続き広島電鉄市内線の銀山町~胡町あたりの写真。広い道、頻繁に往来する路面電車、乗客も多いようで大変結構。銀山町(kanayama-cho)から、胡町(Ebisu-cho)へ、のんびりと歩きます。

(1) 銀山町電停から西方、八丁堀方面を眺めています。電車は700形の701です。700形は釣り掛け駆動車と、カルダン駆動車があるとの事で、これは釣り掛け車。続行で京都市電がやってきます。

(2) その京都市電1900形の1900形1913、Wikipediaに拠れば、現在でも15両もあるらしい。京都市のマークをつけて頑張っていました。

(3) 『Green Liner』と大書してある3950形の3955A。全部で6本あるとの事。塗装と言い、スタイルと言い、LRV『Green Mover』よりも格好良いかなあ・・・とも思ったりします。この電車といい、5000、現在最新の5100といい、長尺車両が増えてきたのですから、『信用乗車制』の採用は如何なのでしょうか・・・・。

(4) 写真(1)(3)に写っておりますが、胡町電停の銀山町電停寄りに横断歩道橋があります。その上から眺めていると、広い道、軌道、遥か向こうまで電車の影が濃く、実に羨ましい景色。左の電車の先に胡町の電停が見えています。
 電車は両方とも3800形、左のナンバーは3809Aとも読みとれますがはっきりしません。右側の広島駅行き電車は3805A。

(5) 胡町電停までやって来ました。車両番号も、系統も行先も読み取れませんが多分、3000形。西鉄からやって来た電車。

■ この3000形の写真を撮った時点で11時08分。朝食が6時過ぎだったので、そろそろお昼ご飯の頃合、おなかも少々空いてきました。


 次回は『昼食』と『広島高速交通㈱:アストラムライン』です。では、次回まで!!


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広島岡山大阪:2000年( 2) [2000年の旅]

■ 昨日からスタートした『広島・岡山・大阪の旅』、その二回目です。 2000年4月24日~25日の二日間、広島と岡山に路面電車を訪ね、帰り道、大阪の豊中市に立ち寄りました。 カメラは130万画素のオリンパスC-830。ブログ作成には、広電のHP、Wikipediaを参考にしました。

 広島の市内電車を堪能(1) 

 いよいよ、広島電鉄市内線を観光致します。JR広島駅前、広電のターミナルから出発。3700形3連接車で目抜き通りを行きます。道幅広く、自動車は軌道敷に入らない、視野にいくつもの電車が入ってきて電車天国状態です。しかも、乗客は車内通行が困難なくらい乗って居ます。路面電車バンザイ!大繁盛です。八丁堀についたのが10時30分頃。銀山町電停~八丁堀電停あたり付近で写真を撮ります。
 やってくるのは、京都市電や、大阪市電、広電オリジナルの車、そしてハイライトは5車体連接の異人さん、グリーンムーバー5000です。

(1) 最初に八丁堀から白島(Hakushima)へ行く短い路線、9系統を見に行ったようで、八丁堀の電停・・・・だと思うのですが、記憶がかなり怪しい。たぶん大阪市電が見たかったみたいです。900形の911、元・大阪市電2601形、今でも9両居るらしい。

(2) 八丁堀から胡町(ebisu-cho)へ広島駅方面に二つ戻って銀山町辺りから、大通りの真中を行く広電を撮影。これは、銀山町の電停名表示。

(3) 350形の351。

(4) 『Green Mover』5000形。トップナンバーの5001A。当時は5本しか無かったようですが、今では12本あるとの事。種々の理由で、後継機種は5100形になりました。初めて遭遇する欧州風LRVに吃驚。

(5) 3900形三連接車。3906A。

(6) 3800形。これも三連接で3809A。


■ この辺りでの電車鑑賞、引っ切り無しにやって来る電車たち、各種の形式が入り混じり、飽きる事がありません。
 続きは、また次回!!!


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広島岡山大阪:2000年( 1) [2000年の旅]

■ 昨日は更新出来ず一日空いてしまいました。う~ん、無念!!今日から月が変わり二月如月、寒さも真っ盛りと言いたいところですが、雪の便りも少なめの、この冬ですね。

■ 1999年2月に39年勤めた中小企業商社を定年+1年で退職し、仕事を180度変え再出発した2年目の春、2000年4月24日~25日の二日間、広島と岡山に路面電車を訪ね、帰り道、大阪の豊中市で友人に会って来ました。
 山陽地方の山は若葉で彩られ、つつじが美しく咲き、山桜がそれにまじって、素敵な車窓風景でした。今回は、訪問先も多く、写真も沢山有りますので、何回かに分けて、少しずつ、お送り致します。まず最初の訪問地、路面電車が元気だと聞く『広島』です。

■ 当時は未だ130万画素のオリンパスC-830を使っていましたが、この旅は銀塩カメラは持たず、ディジタルカメラだけ持っていったのです。


 新幹線500系のぞみ号で広島 

■ 私は広島を汽車で通過した事はありますが下車した事は無いんです。以前から広島の路面電車が元気だと聞いており「見に行きたいな~」と思ったり、広島バージョンのお好み焼きが美味しいと広島出身の方から聞かされて食してみたいと思ったりして居りました。
 広島電鉄が、ドイツ製の5車体超低床車5000型グリーンムーバを4編成導入、それもロシアのアントノフ124(1999/3/13に)超大型輸送機で運んできた(4編成全部かどうか知りませんが)という事で話題性も充分。そこで、出掛けて行ったと言う訳。
 現在では、国産のグリーンムーバMAXも入り、古い車両の淘汰も進んでいるようですが、まあ、一時点の記録・・・・とは、また大袈裟に出ましたが・・・・と言うことでご覧下さい。

■ 寝台特急というテも有りましたが、前日に重労働もあり、朝、少々早いですが「のぞみ1号」利用となりました。4時過ぎに起床、50分に家を出る。タクシーと横浜線を乗り継いで、新横浜からの乗車となりました。

(1) 憧れの500系のぞみ号1号が到着し、乗り込みます。珍しい形の集電装置はパンタグラフと言うのには少々違和感。

(2) 乗りこんだのは、13号車だと思う。こうして写しているんですから、まず間違い無いでしょう。
 

(3) 勿論、朝食は駅弁。今回は、新横浜駅で、毎回、シウマイ弁当でも無いだろうと、買った『横浜チャーハン』を、発車直後の車内で食しました。

(4) 500系の『のぞみ1号』は快適に飛ばして、山陽地方の新緑の山々、その中に咲くつつじ、山桜などを楽しみながら定刻9時47分広島着。この『サントリー:南アルプスの天然水』と『スジャータ:アイスクリーム・バニラ』、8時56分の撮影となっていますので、姫路の手前あたりでしょうか・・・・・。

(5) 広島駅・・・・・まずは在来線を視察。ローカルはほとんど115系なんですが、リニューアルされた2000番台の転換クロスシート車とか、3000番台の2ドア転換クロスシート車もあって、バラエティに富んでいます。しかし、同じJR西日本なんですから、221系でも居たらすごく嬉しいんだけど。

(6) コンテナ列車を牽引してEF66132が通過して行きます。

(7) まあ、それはそれとして、コインロッカに着替えを入れたバッグを預けて駅前に出て行きました。広島電鉄のターミナルが真正面にあります。いきなり、グリーンムーバーのお出迎え、そして元神戸市電も居る。もう興奮状態。何枚か撮影。
 これは、元・神戸市電1150形、1156です。神戸から来た1150形は7両居たらしいのですが、新型車両も増備されるにつれて廃車。今では1156だけが残っているらしいのですが、懐かしい神戸カラーではなく広告電車化されているようです。

(8) 3車体連接のVVVFインバータ電車3800形の3801B、この系列は9本居るとの事。


■ これから、市内の広島電鉄「市内線(路面)」宮島線」そして新交通システムの「アストラムライン」に乗って、撮って、ついでに広島名物といわれる「お好み焼き」も食って、午後まで楽しもうと言う予定なのです。
 この続きは、また次回に!!!


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2000年:関西電車の旅(8終) [2000年の旅]

■ 昨年、大晦日付けの記事で第7回まで行った『2000年:関西電車の旅』の第8回です。

■ 1月24日、近鉄鶴橋駅周辺をぶらついた後、近鉄難波まで戻ってきました。近鉄の名阪ノンストップ特急で、名古屋、そして新幹線で帰宅しようと言う目論見です。

 近鉄特急で名古屋、そして帰宅 

(1) 近鉄難波駅、名阪ノンストップ特急で名古屋に向かいます。乗った電車は、名阪ノンストップ特急。今の時刻表を見ると14時00分:近鉄難波発~近鉄名古屋着16時04分ですので、2000年当時も大差は無かろうかと思いますが・・・・・。
 車両は『アーバンライナー21000系』で、なかなかの美貌。

(2) 車内は20%にも行かぬ乗車率で近鉄さんも大変です。珈琲を飲みながら、私の好きな、八木~桜井~名張~青山峠~中川あたりの車窓風景を鑑賞です。

  
(3) 特急電車は快適に走り、定刻に名古屋着。

(4) ホームにいる電車を何枚か写す。
 まずは、三扉クロスシート車の5200系の5156。VVVF車です。

(5) 当時はインバーター電車は珍しかったのでしょう、サイドにはVVVFのマークが貼り付いておりました。さらに志摩スペイン村のステッカーも貼ってありました。(真中の「アミーゴ」はアーバンライナーに貼ってあった物と思われます。勘違いして一枚にまとめてしまった)

(6) 普通電車も写してきました。あの2台目ビスタカーの電動機利用で生まれたと聞く2000系電車が並びました。左は白塚行ク2105、右は行先判別不能のク210Xです。

■ 近鉄名古屋駅を出て、直ぐにJRの切符売り場に行って、『のぞみ』の切符手配です。17時48分発の500系のぞみの座席も確保でき、ひと安心。

(7) 西口の地下街でお土産の守口漬けを買い、時間が有るので「珈琲」「ないろ」を食べゆっくりしました。ちょっとミスマッチ気味なれど、結構イケるお味でありました。

(8) 『のぞみ』の発車時刻も近づきました。ホームに入ります。新しく出来たJRの名古屋駅ビル。新幹線のホームから見ますと夜景でもあり、じつに圧倒的な迫力です。

(9) そして、のぞみに乗る。このスマートな500系が遠からず、JR東海エリアから消えて行くのかと思いますと、実に残念。

(10) 新幹線のぞみ号は順調に走り、新横浜着。そして横浜線で古淵駅で下車。駅前のファミレス『ジョナサン』で、「カレーライス」の夕食をとって「旅気分を清算」して帰宅しました。明日からは普通の生活が待っています。


■ 一日目の1月23日に雨に降られたけれど、まあ、楽しい電車旅でありました。目出度し、めでたし!!!

■ 何時もの事だけれども、早速、ブログの次回の企画をせねばなりません。何が出ることやら・・・・・未だ決まらぬ、困ったむ~さんではありますね。


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2000年:関西電車の旅(7) [2000年の旅]

 まずは、年末のご挨拶を・・・・・。

 今年も終わろうとしています。今年の五月に立ち上げた、このブログ。名づけて『お出かけ通信:blog版』。私が近場に出掛けた時、旅行の時、鉄道がらみでの画像主体のルポを出して行こうというわけです。しかし、毎日、出かける訳ではありません。その時には、以前からに撮りためているデータを使って、想い出話の線で出そうというのです。
 一応、当初の計画に沿って今日まで来ました。最初は『日々更新』でやってたのですが、かなりのプレッシャー。隔日更新、週最少3~4回更新を宣言したら、気持ちが楽になり、今日まで続けて来れました。
 これも、皆様のバックアップのお陰で、挫折せずに来られたのだと思っております。今後とも、よろしくお願い致します。


・・・・・で、本文です。昨日の続き、2000年:関西電車の旅の第7回です。

■ 2000年1月23日~24日、京都と大阪、電車観光の第七回。二日目の1月24日、阪堺電軌軌道の見物を終え、近鉄特急で名古屋に向かう前に、鶴橋まで行こうと言うのです。

 鶴橋・近鉄 

(1) そう云うわけで、恵美須町駅の観光を終わって、直ぐ駅前の地下鉄の駅から堺筋線の阪急乗り入れ車で日本橋に向かいます。これから鶴橋に行こうというのです。阪急からの乗り入れ車5300系5315の天下茶屋行。このとき12時02分。

(2) 同じく堺筋線阪急乗り入れの5304、天下茶屋行。この頃の阪急、方向幕ではありますが、惚れ惚れするほど美しいと思う私です。

(3) 日本橋まで一駅乗って、近鉄に乗換えるのですが、やってきた8600系8622を見送ります。1998年に購入の130万画素デジカメのスペックの所為か、ナンバーも読み取りが少々怪しく、行き先だって全然読めません。辛うじて『普通』らしい。

(4) 反対側の難波行きホームに入ってきた電車。形式、全然解りません。いろいろ調べてみたのですが、なにしろ写真がボケボケで、文字が読み取れません。まあ、1000番台の電車は形式が沢山あって、私には同定不可能。

(5) 近鉄奈良線900系958に乗ります。

 当時、私は前年に韓国を2回訪問し、この年、2000年にも2回行くくらい韓国にお熱でした。韓国国鉄80%乗車を目論んだりしていましたが、それ以後の訪韓は無く、ちょっと達成は無理のようです。そんなわけで、鶴橋にあると聞く、コリアンタウンを観てみたかったのです。

(6) 鶴橋につきました。近鉄の案内板は漢字・ローマ字・ハングルが併記してあり、吃驚したものです。現在は、ハングル表記は、それほど珍しくはなくなっています。

(7) 鶴橋の市場を見てみたかったのですが、予習不足で何処なんだかサッパリ判らないのです。仕方なくランダムに歩き回っていましたら、沖縄と韓国の市場をたして2で割ったみたいなマーケットがありましてハングル書きのパッケージの食品などが、沢山売られておりました。多分この辺だろうと、時分自身を納得させたんですが果たして正解だったかどうか・・・・。

 ついでに、昭和30年ごろの関西の市場あたりに見られた、『烏賊の加工食品』・・・・『うまいか』を探したんですが、絶滅種のようで見当たりませんでした。『ノシイカに衣を着けて揚げたようなおつまみスナック』です。あれは、もう一度食ってみたいものです。ちょっと、お話が脱線しました・・・・・。

(8) 歩き回って、13時、昼どきも過ぎ、お腹も減ったので、その辺の食堂に入ろうと探しましたが、良く判らない。てきとーにエーイと飛びこんだのが『福ちゃん』というお店でした。愛想の良いおばちゃんに、ユッケジャン定食を勧められて注文(1,000円)したのですが、結構美味くて満足しました。他の5人ほどのお客さんは、石焼ピビムバとか、メウンタンとか食べています。美味そうだったけど腹は一つしかないからそうは行かない。タンポポの和え物がついていてこれが美味しかったので、つい、お代わりを頂いてしまった。

 写真を撮ってたら、なんとなく皆が話しかけてきて、記念写真を撮り合ったり、お酒が回って来たり(私は全く飲めないので、参加できず)、かなり盛り上って楽しいお昼ご飯でした。

(9) さて、その後は難波に戻り、アーバンライナーで名古屋に向かいます。特急を待つ間に、反対側のホームに到着したのは、900系の958でした。もうすぐ14時になるころでした。


 今日は大晦日。今夜あたりから、子供たちも帰ってきて、我が家の人口も大幅に増加し、お正月MODEに入ります。多分、元旦の更新は無いと思われるのですが、そのときの気分で、どうなる事やら・・・・・。

■ では、次回!!!


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2000年:関西電車の旅(6) [2000年の旅]

■ 2000年1月23日~24日、京都と大阪、電車観光の第五回。二日目の1月24日は、阪堺電軌軌道で、今回はその2回目です。

 阪堺電車(2) 

 『天神ノ森』から乗車し『今船』で一旦下車して撮影後、再び電車に乗って、阪堺電車の大阪側の起点の一つ『恵美須町』までやってきました。ここが又、言語に絶する実に素敵なターミナルで、進入路を二つに分ける信号所の木造の建物、駅ホームの屋根も、昔風。僅かな時間しか、駅には居られませんでしたが駅構内の写真を何枚か写しました。
 駅には、係員さんはいらっしゃるのか、いらっしゃらないのか解りませんでしたが、実際は如何なのでしょう。きちんと清掃・整理されていますので、恐らくは駅員無配置ではないのでしょうが・・・・・。
 駅ホームから、直線距離で200mあまり、通天閣の上の方が眺められます。今回も、新世界も通天閣も行くことは出来ませんでした。

(1) 電車が恵美須町に進入するコースから眺める恵美須町駅。真中の信号所が素晴らしい。

(2) その信号所の建物。

(3) 右側のホームの右側はフェンスが張られていますが、ここは昭和55年、平野線が廃止されるまでは、平野へ行く電車が使用していたとの事。

(4) 駅入り口側から見るホーム。

(5) 浜寺駅前ゆきの電車が停車中。

(6) さきのモ503が出発して行きました。右側ホームの構造物も、時代を感じますね。

(7) 駅を出て横断歩道を渡ったところから眺める恵美須町駅本屋。

■ そして、12時ごろでしたが『恵美須町駅』を後にして、地下鉄堺筋線で次の目的地に向かいました。それからのお話は、又、次回に!!!


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2000年:関西電車の旅(5) [2000年の旅]

■ 2000年1月23日と24日、京都と大阪、電車乗りまわし旅の第五回です。二日目の1月24日は、南海電車で、汐見橋駅から岸里玉出駅まで、昭和30年代風の旅を楽しんできました。今回は阪堺電軌軌道です。

 阪堺電車(1) 

(1) 11時前、岸里玉出駅の駅員さんに道を聞いて阪堺電軌の天神ノ森まで歩きだしました。周囲の風景を眺めながら、細い小路を何とか迷わずに駅に着けました。
 関東地方にはあまり見られない羽目板を縦方向に貼った家が、そこここに残っています。

(2) 天神ノ森駅・・・・停留場?・・・・への道に踏切がありました。相生通り踏切と言うのだそうです。昭和一桁年代に製造された懐かしいタイプの電車がやってきました。モ161形のモ163。
 モ161形は現在も何両か残っており、運がよければ会えると聞きます。

 いいですね~!!!このカラー、昔を思い出してしまいます。パンタグラフでなく、Yゲル(ボウ)集電だったら涙です、私は。

 天神ノ森駅で、しばらく阪堺電車を鑑賞します。次々に阪堺の車両が往来します。旧型の160とか新らしい600とか、いろいろやってきます。しばらく駅のベンチに座ったり、そのあたりを歩き回って、雰囲気を味わいました。今回は、モ161形に絞って画像をご覧頂きます。

(3) モ161形のモ166です。

 モ166の後ろの森は文字通り天神ノ森。『天下茶屋の天神さん』呼ばれていると聞きます。

(4) 駅に貼りつけてあったポスターを二枚。

 次ぎの目的地、恵美須町に向かって、やって来たモ505に乗りこみました。車内は空いていて、何となくのんびりとした感じです。電車は下町風の民家などの裏を見ながら専用軌道を北に向かって走って行きます。途中の今船駅、大きな踏み切りがあり登り勾配にかかるところです。ここで写真だと思い立って下車しました。時計は11時半ごろになっていました。

(5) 恵美須町行きのモ164がやってきました。

(6) モ164は今池駅に向かって勾配を上って行きました。以前は勾配の頂上あたりで、右から平野線が合流し、南海天王寺線をオーバークロスして今池駅に到着でした。昭和55年、その平野線が消えて今年で26年になりました。

 以前は南海軌道線には、木造ダブルルーフのモ101とか、鋼製の小型車モ205とか、元気に走りまわった居た時代がありました。現在も、当時の雰囲気が残っており、そんな阪堺電軌が好きな私は、関西に行くと、必ずと言って良いくらい、ここ阪堺電軌を訪問致します。

 再び、今船駅から恵美須町行きの電車に乗車して程なく阪堺電車の大阪のターミナル、恵美須町駅に到着しました。


  阪堺電軌に関して、今まで、このブログに出した記事は、こちらにまとめてありますので、ご覧下さい。1954年、1976年、2000年、2001年、2006年など、6件の記述があります。
http://blog.so-net.ne.jp/mu3rail/archive/c355412


 謝辞: この記事を書くに当たって、以前、のり様に頂いたコメントを参考に致しました。有難う御座いました。

■ では、次回!!!次回は恵美須町の画像を・・・・・。


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