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土佐電鉄:1982年 [1980年代の旅]

■ 今日も、もう一つ頑張れなくて、暖めているフィルムのスキャンが出来ません。で、遥か四国、高知の電車のお話

■ 1982年・昭和57年の8月、家内、そして次男との、土佐の高知への三人旅。ま、色々あって楽しい旅だったんですが、その中から「土佐電鉄のいくつかの風景」です。家族と一緒、親戚と一緒で行動したので、皆様も、同じでしょうが、なかなか自分の思う通りには、線路際に行けないものです。

 土佐電鉄・市場前信号場 

 土佐電鉄の伊野行き電車に乗って、西へ、鏡川橋の電停を過ぎると、そこからは単線区間に入ります。鏡川の鉄橋を渡ると、右に曲がり、狭い道に入って行きます。鴨部~曙町東町~曙町~朝倉と、狭い道の端っこを電車は行きます。鴨部を出ると交換施設があって、上り下りの電車が交換しますが、ここを市場前信号場というんだそうです。

 そんな道に、たまたま、親戚の方の案内でのドライブ途中、通りかかったのです。助手席に居た私は、カメラを構え、自動車を電車にシンクロさせていただいて、何枚かを写しました。

(1) ここが、市場前信号場。電車は両方とも600形で左が知寄町行きの613、右が伊野(いの)行きの628。

(2) 向こうから628がやってきます。まだ、この頃は、総括制御用のジャンパもついています。(左は613)

(3) 列車交換もおわり、知寄町行きの613が出発して行きます。画面左側の看板が方言・土佐弁でしたので、次ぎの画像(4)で、拡大してみました

(4) 土佐生まれの母を持つ私には、土佐弁というコトバは、懐かしく嬉しい響きです。いまでも、高知へ行けば、このような看板は見ることが出来るのでしょうか?勿論、『・・・・・られん』は禁止の用法です。

(5) 613を追跡します。

■ ここ、鴨部~朝倉間は現在でも、このような情景が日々、展開している筈で、高知旅行の際には、是非とも訪問される事を、お勧め致します。この様な、区間、全国でも、数少なくなりましたから・・・・・。

(6) このあと、播磨屋橋にお土産を買いに行ったのですが、またまた、613と遭遇。知寄町から居り返してきたのでしょう、こんどは鏡川橋行きになっておりました。バックに写っている『とでん西武』ビルは、西武百科店が撤退し、本日現在、まだ更地。有為転変。
 ここの、二階にあったティールームは、播磨屋橋を往来する電車見物に最適なお休み処で有りましたが・・・・。

■■ 『高知放送のHP』にあるライブカメラで播磨屋橋交叉点が写っている確率が高いです。静止画ですが、何分かおきに画像が更新され、時には電車が居ます。100形低床車ハートラムが居たりすると嬉しく思ったりしますね。
 URLは・・・・・
http://www.rkc-kochi.co.jp/top/

(7) こっちは、高知駅前に行く200形の215。「十勝ワイン」と清酒「司牡丹」の広告電車。まあ、高知には司牡丹と土佐鶴の広告、多いですが・・・・。


・・・・・・・・このときの旅行記も書けるなあ、と思っていますので、そのうちに。

では、また次回!!!


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