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自動車の話-Ⅱ:マツダT2000 [雑談(1)]

■ 「70年代:関西電車:第二部」の筈なのですが、まあ、色々有りまして作業が遅延。昨日のダットサン1000に続いて、今日もクルマ・ネタで、ごめんなさい。オート三輪のお話ですが、そんなに古い話では有りません。

 マツダ T-2000 

 この写真、以前、『MIXI』で出した事があるので、ダブる方もいらっしゃるかもしれません。ときは、一昨年、2005年12月4日、我が棲家の近所を、何時ものPLEOで流しておりましたら、とあるお店の前で、懐かしい、オート三輪を見つけました。お店の方に挨拶して、写真を撮らせて頂きました。

 メーカーはマツダ。T-2000は同社、最後の三輪車で、1962年(昭和37年)に発売され、なんと、1974年(昭和49年)迄、製造が続きました。1,985cc、水冷、四気筒エンジン搭載。ま、詳しい事は、ネットで探していただくとして、取り敢えず、写真をご覧下さい。
 撮影しながら、滅茶苦茶、昔の思い出に浸っていた私でありました。


(1) 三輪車の最終バージョンだけあって、昭和20年代の三輪車からは、かなり、4輪のイメージに近くなっています。マツダの4輪トラックで、この顔に近いのもあった記憶があります。たしか、マツダ・ロンパー・・・・・?

(2) ドアに取り付けられたプレート。

(3) 三輪車は、お顔もユニークです。バックミラーが大袈裟なのは、積荷の関係でありましょう。

(4)

(5) 暖房機のカバーが無くなっているようです。計器の右側のノブはチョークでしょうか・・・・。そういえば、チョークにお目に掛からなくなって、随分になります。

■ 先週、この場所を通りかかったのですが、まだ、綺麗な状態で、このマツダT-2000、居ましたよ。

■ そう云えば、何時の間にか、運転免許証から三輪の項目が消えてますね。最近、矢鱈と、昭和、昭和っていうコトバを聞きますけれど、この三輪車、間違い無く『昭和』ですね!


■ 私は、人並みに自動車は大好きで、今年で47年、車を走らせております。その割に、知識も薄く、まあ、好きと言うだけ。分野としては、欧州車かな・・・・それも、英国車と、仏蘭西車ですね。

では、今日は、これまで!明日こそ、鉄道の話題に戻ります。


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コメント 17

のり

おぉ!マツダのオート三輪ですね。鉄鋼関係さんや建材屋さんなんかがよく使っておられました。やたらと長いホイルベースは、さぞ運転しにくかったでしょうか。
いかつい顔は、子供心に恐かったのですが、私は、マツダより、ダイハツのオート三輪のほうが、顔が恐かったのを覚えております。
by のり (2007-03-08 12:33) 

gop

交通博物館にありましたね。
http://blog.so-net.ne.jp/987/2006-01-22-5
鉄道関連は埼玉に移動する様ですが、車やバイクはどうなったのでしょう?
by gop (2007-03-08 12:45) 

manamana

わっ、私がいる!
懐かしくも愛嬌のある見飽きない顔です。
by manamana (2007-03-08 13:01) 

no

こんにちは。
懐かしいですねえ。この顔が脳裏に焼きついています。
よほどインパクトが強かったのでしょうねえ。
しかし、こんなフロントホークとサスペンションとハブで、よく荷重を支えられましたねえ。横圧もかかったでしょうに。
ロングボディをみるとなおさらそう思います。
by no (2007-03-08 13:44) 

む〜さん

■ のり様: オート三輪、懐かしいでしょう?20年代には大阪では、バタコとか云う三輪のタクシーがあったと聞きますがホントなのでしょうか?
 ダイハツ、ありましたね。三輪と言えばダイハツですね。他にオート三輪と言いますと、「くろがね」、「オリエント」、「三菱みずしま」、あたりでしょうか?軽だと「ダイハツ」、「マツダ」「三菱」で、たしかホンダとスズキ、富士には無かったように思います。
 まさに、昭和30年代と言いますと、三輪の全盛時代。
■ gop様: 交通博物館の、自動車、航空機、船舶などの資料は、どうなったのでしょう?気になるところです。ホールの天井から、飛行機がぶら下がり(ヘリもあったかな?)、素敵な船舶模型も多かったです。
■ manamana様: いい顔ですよね・・・・三輪って。前の車輪の存在感の大きさはバツグンです。
■ no様: たしか、横転事故が多いと聞いたことがありますが実情は如何だったのでしょう。

● 私の子供時代の三輪車は、オートバイ(バイクと言うと感じが出ない)の後輪部分に大きなリヤカーをくっつけたようなものでしたね。勿論、丸ハンドルでなく、エンジン、燃料槽にまたがるのです。股の間か、下の方から
チェンジレバーが、にゅっと出ていました。運転室は無く、オープン。脇に、オモチャみたいな、助手席の付いているのがあって、停まっている三輪車の、そこに座って見たこともありますが、勿論、ガキを乗っけてくれるような、良い小父さんはいなかったな(笑)。
by む〜さん (2007-03-08 18:01) 

服部光之

オート三輪も昔はくろがねとかトオハツとかありましたね。
あのちゃちな助手台に乗せてもらったことあります。
足元が丸見えでじゃりが後ろへ流れていく光景にうっとりしていました。
今考えるとずいぶん危ない乗り物だったということですか。
ガソリンタンクにまたがるように、隣の八百屋のおじさんがねじり鉢巻でよく乗っていました。ああまだ思い出しました。セルモーターなんてなくて、ペダルで踏んでエンジンをかけるんでした。
by 服部光之 (2007-03-08 22:31) 

む〜さん

■ そうそう、ペダル始動のやつ、ありましたね。棒ハンドルで、考え様によっては格好良いとも思えます。
 私は、仕事で三輪に乗るチャンスがなく惜しいことをした気もする。一回は、あの棒ハンドルを握ってみたかったです。(ダイハツ・ミゼットでもいいけど)
by む〜さん (2007-03-08 22:44) 

quatre-l

ウチはミゼットでした。その後、サンバーに変わりました。
ミゼットもさることながら、サンバーもかなり原始的なクルマでしたね、当時のは、、。
とか言って、現在の愛車ルノーキャトルもまったくプリミティヴなものですけれども。
by quatre-l (2007-03-09 05:33) 

む〜さん

■ quatre-l様: ミゼットは最初は棒ハンドルでしたが、後に丸ハンドルのMPになりました。大村 昆ちゃんのコマーシャルを覚えています。MPの時は小雁だったか茶川一郎だったかが米軍MPスタイルで出てきた。
 サンバー、我がSUBARUの軽トラックでしたね。現在のカタチよりも昔の丸っこいほうが好きでした。いろいろなバリエーションがあって楽しい車ですね。
 原始的と言えば、私の最初のクルマ、SUBARU360-62年式も凄かったな。生意気にも暖房がついていましたが、手を当てると少し暖かい風が出てましたけど、車内は寒かったですね。後部座席の下に荷物が入れられたり、ドアに巨大なポケットがあったり、プラスティックの屋根にラジオのアンテナが仕込んであったり、補助燃料タンクがあったり、楽しい便利なシカケが沢山ンあった。そんなこんなで、今でもSUBARUファンですね(笑)。
by む〜さん (2007-03-09 08:29) 

のり

件のハンドルは、大阪では「角(つの)ハンドル」と呼ぶ人が多いように見受けます。
当時大流行していたテレビ番組「番頭はんと丁稚どん」の3人を起用したCMだったと思います。
サンバーも当時は至る所で見かけたものです。
by のり (2007-03-09 08:41) 

む〜さん

■ のり様: なるほど、角ハンドル。知りませんでした。ところ変われば・・・・ですね。たしかに『つの』ですね。
by む〜さん (2007-03-09 09:23) 

’80XE PA96E

この車体を見ると、昔の建材屋や魚市場というのを連想してしまいますね。もう見かけることは無くなりましたが。
交通博物館などで探してやっと見つかるかも知れませんが。
昔は3輪で以外でもバモスやミゼット(初期型)・フェローバギーなどユニークな車もあったんですが、今はなかなか出ませんね。
by ’80XE PA96E (2007-03-10 08:34) 

む〜さん

■ '80XE_PA96E様: 現在、走行可能な車体は有るでしょうが、流石に現役は無さそうですね。だいぶ以前、この三輪車の傍には、シトロエンのパネルバンが置いてありましたっけ・・・・背の高い波板車体の可愛いヤツです。(現在は有りませんが)
復活ミゼットも可愛かったです。一時、ニッサンのエスカルゴが欲しかったのですが、家人の大反対でやめた事も有ります(・・・・まあ、無理もありませんが)。
by む〜さん (2007-03-10 09:02) 

服部光之

ミゼットは私は中学のときに無免許で乗って、タクシーにぶつかってオヤジにえらい怒られました。親父に怒られたのは人生あれ一回でした。
バーハンドルで、一時停止をしないでぶつかりました。
ミゼットはなんでもなかったですが、タクシーは側面がへっこんでしまいました。
もう45年も前の話です。時候ですよね。
でも、30年前に、バンコックへ行ったときに、街を走るミゼットのタクシー群には驚きました。
排気ガスを出し放題で、荷台に椅子を設え、昔の輪タクみたいでした。
現地ガイドはこのように説明しました。
ダイハツの社長さんが涙を浮かべて喜ぶと形容しました。
by 服部光之 (2007-03-10 13:54) 

む〜さん

■ 服部光之様: ダイハツミゼットは、昭和35年、某工科系大学に入った頃、同級生で家が電気屋さんの方が乗ってきました。免許は無いし乗れませんでしたが、小さくて、可愛くて、魅力的だったです。
 しかし、危なかったですね、命あっての物ダネです。まあ、よかったよかった。
 私は、運転系はオクテで、自転車が小学校5年生、水泳が6年生、自動車に至っては22歳。先輩からは、思いきりの悪い運転テクだと云われ続けてました。ま、基本的にはヘタなんですね。(笑)
by む〜さん (2007-03-10 20:45) 

テレビなコラム

三輪トラックって、独特のかっこしてますね。三輪トラックの話しを始めると止まらなくなる私の父親を思い出します。なんか、角ハンドルとかいうハンドル使用のトラックで、バイトしてたことがあるらしいんです。

さて、今回、TBのほかに、コメント欄に書かせていただいのは、このページを読ませていただいて、この記事を私のブログのページでご紹介させていただいたお知らせも兼ねて参りました。もしも、このご紹介について不都合があれば、お詫びを申し上げると共に、その旨、私のページの最新のコメント欄にご一報下さればうれしいです。確認でき次第、紹介の方はとりやめさせていただきます。もちろん、リンク継続OKということであれば、ご一報下さる必要はございません。今後ともよろしくお願いいたします。http://sapuri777.blog31.fc2.com/<--最新のページ
by テレビなコラム (2007-03-27 19:05) 

む〜さん

■ テレビなコラム様: 三輪車免許ってのが昔はありましたね。軽より面倒で、小型四輪乗用車よりも、免許が取り易かった記憶があります。幌だけの時代の三輪車の助手席に乗りたかった私です。
 リンクは問題ありません。
by む〜さん (2007-03-28 08:48) 

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