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東急3200、高圧線鉄塔&架線柱 [関東の私鉄と公営鉄道]

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 実は、昨日、5月20日は、このブログ「お出掛け通信:blog版」誕生日だったんです。忘れてました。2006年5月20日、初めてのブログのページをアップロードしました。東急田園都市線田奈駅で撮った写真。カメラは320万画素のキャノンIXY320でした。
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 あまり好きな電車ではありませんが、記念すべき一発目の画像でありました。表参道での軽便鉄道写真展を見に行った帰り道のことでした。
 以来、今号までで、記事数879、画像データ数7,010枚、容量にして715MB、このブログの画像最大容量が1GBなので、残りはあと200MB台になりました。今後、どうしていいのやらわかりませんが、のんびり研究いたしましょう。

 あっと言う間の三年間。光陰矢のごとし!少年じゃあないけれど、老年は、更に老年となり、70歳も超えちゃった。このブログ、週に三回は更新し続けていられるのも、ひとえに、皆様方のご声援のお陰です。厚く御礼申し上げます。
 これからも、ご指導ご鞭撻、よろしくお願いいたします。
 
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 ・・・・・・それでは、今日の本文です。 

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pencil-red.gif ちょっと、季節ネタの雑談です。恥ずかしながら、「卯の花」と云うのを初めて確認しました。名前は知っており、花も見たことはあるのですが、名前と形が結びついていませんでした小学唱歌「夏は来ぬ」は勿論知っており、歌詞だって、未だ覚えていますが、卯の花も、ホトトギスも見た事が無かったわけです。小学校を卒業して以来、60年ほど経っています・・・・・。

(1) そんな訳で、近所の市立公園の前の生垣に植えてあって、花盛り。家内に聞いて、へぇ~っ!と思いましてね、家に帰って、デジカメ持って出直しまして写真撮っちゃいました。
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(2) 日陰のある葉と、日のあたる真っ白な花。ハイコントラストで、シャドウが・・・・・・。
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(3) さらに辛いシチュエーションですが、ま、なんとか写りました。
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(4) ついでと言っては、花にしかられますが、お隣にスイカズラの花も咲いておりました。アップで見ると結構、いい形です。
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 花のお話しはこの辺りでお仕舞いにしまして、電車話です。


pencil-red.gif ここから、今日の本題
 先だって、小田急小田原駅付近の定点写真、1954年のデハ1600と2009年の赤いデハ1000の写真を並べました。
 読者さんからコメントがありまして、鉄製の架線柱ってどのくらいの寿命があるかとの事でした。
 そこで、小田急のことなら何でもご存知のUさんにお伺いを立てましたら、建設時の鉄柱はドブ漬けのメッキがされていましたが剥げて来ると錆防止のため、シルバーペンキを塗ります。この処置をきちんとやれば、相当長い間、使用できるとの事で、開業当時の鉄柱が使用されているとの事でした。昭和2年の開業ですから82年が経過しているわけです。
 
成る程!

pencil-green.gif ・・・・で、思い出した!私が幼いころ、日々通って、電車見物をしていた東京急行電鉄池上線。あそこには、門形の高圧線鉄塔が並び、60年経っても、まだ使っております池上線開業は大正末期ですから小田急の鉄柱よりも古そうです。う~ん、長持ちするものです。

■■■ 東急池上線デハ3200形と門形高圧線鉄塔 ■■■

(5) 1955年・昭和30年4月池上線雪谷大塚の車庫デハ3200形、すでにアコモデーション工事がなされており、貫通扉も幌つき、乗客用の扉も両端の扉は中央よりに移動。印象は少し変わりましたが、川崎タイプと呼ばれた深い屋根はそのままです。
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(6) 雪ケ谷大塚駅~御嶽山駅間。1955年4月。
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(7) 雪ケ谷大塚駅~御嶽山駅間、1955年4月。
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(8) 雪ケ谷大塚駅~御嶽山駅間・・・・ひょっとすると御嶽山駅~久が原駅間で、1955年4月の撮影。
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pencil-green.gif (6)(7)(8)の写真、何れも高い門形の鉄塔が線路を跨いでおります。私が小学校時代、電車を眺めに行ったときのまんまで建っている。
 そして、現在も・・・・・・・。

(9) 2006年・平成18年12月、雪ケ谷大塚駅~御嶽山駅。この鉄塔は記憶に残る鉄塔とは違って異様に背が高い。背丈を延ばす工事がなされているようです。
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(10) 雪ケ谷大塚駅から三つ目の踏切から御嶽山駅方面を見ています。幼い頃の記憶が僅かですがよみがえる。この踏切で一緒に遊んでいた、Mくんは如何しているだろうか・・・・・・。
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(11) 御嶽山駅から雪が谷大塚駅方面をみています。鉄塔のこの形がたまりません。池上線の鉄塔は、目蒲線や東横線のよりも格好よくってエライ。何たって50,000ボルトだぞ!(電圧は父が教えてくれました)と思っていた、コドモ時代の私でした。
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coffee.gif お話が、花の話から、鉄塔鉄柱、そして池上線のデハ3200と、支離滅裂話になりました。
 では、また次回に!!!


タグ:東急
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manamana

京王線も、高い鉄塔がありましたので、
電車原風景ですね。
子供の頃を思い出す光景です。
でももう切り倒されてしまいました。
by manamana (2009-05-22 06:30) 

なにわ

前回のコメントで上から目線な書き込みだったので、ここでお詫びしておきます。

継子というのはどこでも邪険にされるものでしょうか、池上線もその域を脱してませんね。3100が電装改造、付随車改造されると最古参の3150や3200が主力になる・・・、
と書きたいところですが、実際はこの当時の東急は昇圧工事のまっ最中、600V/1500V両用の3500などは各線を渡り歩いている頃でした。
そんな線区に新車の1000が入ったのにはびっくりしました。

でも更新工事のあとの3150,3200は窓の高さが狭いことを除けば、都市近郊電車とすればいいスタイルですね。

by なにわ (2009-05-22 13:10) 

む〜さん

■ manamana様: 池上線を見ながら育った私の中での私鉄とは門形高圧線鉄塔のあるものという電車でありました。目蒲線や東横線の門形鉄塔が消えて、いま残るは池上線だけとなりました。これを眺めると、幼かった頃の記憶が少しですが甦ります。
■ なにわ様: お詫びだなんて、とんでもないです。お気になさらないで下さい。
 さて、池上線ですが、3100主力でしたが、3300や3400が入り、3200や3150も目立つようになりました。昭和30年代前半はそんな時代でありました。3100や3200、3150は、Hポールで仕切られた開放的な運転台で頭上には、『又入』なんて書かれたカノピスイッチがあったりしました。連結側の運転台は腕白小僧どもが入れたりしましたが、別段、悪戯はしなかったようです。
 3300、3400は最前部まで座席があり、電車大好き少年の指定席でした。窓を開け放って、長原から旗が岡(後に移動して旗の台)駅までの下り勾配区間は、天国に遊ぶ心地でした。
 3200は、3150とともに、鈍重な姿が好きになれませんでしたが、後に、好きな電車に変わりました。幼い頃の感覚と、大人の感覚と違うのでしょう。
by む〜さん (2009-05-22 19:25) 

ぽんた

夕暮れの鉄塔が本当にステキです、萌え!
私も好きです、この高い鉄塔。
3周年おめでとうございます。
ますますのご活躍を!
こちらこそご指導よろしくお願いいたします。
by ぽんた (2009-05-22 21:10) 

のり

3周年、誠におめでとうございます。盛りだくさんの話題、いつも楽しませていただいております。今後ともよろしくお願い致します。

架線支柱、長持ちするものですね。そういえば、関西にも、架線支柱を見ただけでその電車と分かる、個性的なものがいろいろ見受けられます。
ここの画像の「門」鉄塔、本当にすごいですね。
by のり (2009-05-22 23:10) 

む〜さん

■■ ぽんた様:幼い日は、時計なんか持ち歩けませんから、夕方薄暗くなったら家に帰る。遊び場は踏み切りでしたから、夕空の鉄塔は想い出にしっかり刻み込まれています。『鉄塔武蔵野線』って映画に共感してしまう私です。
今後ともよろしくお願いいたします。
■■ のり様:三年と言う月日は実に早く流れました。まだまだ、ネタはありますので当分頑張れそうです。ここのところ、豚インフルエンザの一件で、気軽に出歩けなくなりましたが、ま、それなりに頑張れる分野はあるもので・・・・。
 阪神電車の門形鉄塔は高架化で消えたようですが、阪急今津線、宝塚線のはまだあるのかしら・・・・。近鉄橿原線の薬師寺の脇、ささやかな鉄塔とも云えない様な架線柱に高圧線がついていましたが、現在は残っているかしら・・・・。そんな事を考えています。
by む〜さん (2009-05-23 09:23) 

サットン

遅ればせながら3歳のお誕生日おめでとうございます!

私もドケン系が気になります。架線中も最近はスマートなデザインのものに取り換えられ味わいある頑丈そうなものは減ってしまいました。阪急宝塚線も高架化とともに様相が変わってしまいました。
by サットン (2009-05-23 14:38) 

ともひさ

 架線柱について、お教え頂きありがとうございました。
80年以上雨ざらしで耐えるとはびっくりです。
80年前は鉄の架線柱は高級品だたのでしょうか。
昔の国鉄はほとんど木製だったと思います。

by ともひさ (2009-05-23 19:04) 

ズルツァー・マン50

三周年、おめでとうございます。益々のご発展をお祈り申し上げます。
ホント、三年なんて、あっと言う間ですね。む~さん様からすれば若造の私ですが、最近痛感しております。
架線柱、長持ちしますね。東京~品川辺りの、む~さん様のお写真を拝見しておりますと、現在残っており、びっくり。東京駅の5・6番線ホームや神田駅の御茶ノ水寄り等には、素敵なものが未だ見られますし、南武線にも武骨なものが残っています。高圧線があるものも、カッコイイ。
by ズルツァー・マン50 (2009-05-23 19:39) 

む〜さん

■■ サットン様:有難う御座います。最近の東京エリアはパイプ形の柱で、垂直部から水平部に写る辺りが大きく曲線を描いているものが多いようです。スマートですが、なんだか、味わいに欠けるみたいな気が致します。
■■ ともひさ様:国鉄でも首都圏とか京阪神地区は鉄柱が多かったようです。木柱は、幹線でも使われておりました。
最近では鉄パイプ柱、コンクリート柱が主流ですね。昔のコンクリート柱はちゃんとテーパー状でしたが、今のコンクリ柱は太くてずん胴なので、重々しくってスマートさに欠ける気がします。時代ですから仕方ないなあとも思いますけど。
■■ ズルツァー・マン50様:有難う御座います。これから四年生、頑張ると云うよりも、お気楽に楽しみながら更新してゆきます。
首都圏でも、探せば、時代物の構造物が沢山発見できますね。
by む〜さん (2009-05-23 22:00) 

mymeな大家

こんにちは。
そういえば、最近は高圧鉄塔が減っていますね。今は必要ないのかしら?そもそも何のために・・・交流で自前の変電所に送って直流化した方が効率がいいからだとは思うのですが、合ってますでしょうか。だとすると今は、違う場所から受電しているのですね。
で、思い出しました。その昔、京阪ではバッテリを用意して、閑散時に充電、ラッシュ時に放電して電力を補っていたという記事をどこかで読みました。昔は、鉄道沿線で電力の確保が今より簡単ではなかったのでしょうね。
では、失礼します。
by mymeな大家 (2009-05-24 01:03) 

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