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2005年鹿児島熊本の旅(9) [2005年鹿児島熊本の旅]

■ 2005年12月12日、この旅の最終日です。JR熊本駅で列車観光の後、市電の専用軌道区間を見に行こうと云う訳で、熊本駅前から市電に乗ります。

 2005年12月12日:熊本市電(3) 

(1) 終点の田崎橋方面から超低床車9702がやってきます。もちろん、これに乗車。乗った9702は、乗り心地がよくない、ゴロゴロした感じで硬い。昨日乗った9704はそんな風ではなかったので、車掌さんに聞きましたら、車両によって違うようです。単なる整備不良なのかもしれませんが・・・よくわかりません。

(2) 乗り換えの『辛島町』まで乗っても良いのですが、一つ手前の『慶徳校前』で、超幅狭の安全地帯に降り立ちました。ここから『洗馬橋』まで歩こうって訳。距離にしたって500m程度のものですから、たいした事はありません。

(3) 人通りの少ない、古い家の並ぶ裏通りを、きょろきょろ見まわしながら、のんびり歩きます。川を渡る・・・・坪井川で、向こうに『船場橋』が架かっています。この左の方に、目的の『洗馬橋』電停がある筈です。船場橋のバックは熊本中央郵便局で、右奥方面に熊本城があります。

 その洗馬橋電停のあたりに船場町がひろがっています。洗馬町という町名はありません。電停とは文字が違いますが、まあ、色々あるのでしょう。

(4) ・・・・・で、洗馬橋の電停にやってきました。電停の脇は小さな広場。狸の父子の像がありました。『肥後船場山親子狸』。

(5) タヌキたちの後姿。

(6) 何でタヌキ??と一瞬吃驚したんですが、あの、手毬唄。台座に彫ってありました。

(7) まあ、普通に考えれば、肥後てまり唄とくれば、女の子の毬つき像なんでしょうが、クラーク博士ポーズのタヌキパパに男の子はサッカーボールみたいなのを抱えています。手毬なんでしょうね。熊本人のセンスに驚嘆しました。下の画像の看板、『ご利益』も笑えます。私が幼い頃、七つ違いの兄からタヌキというあだ名で呼ばれていたので、なんだか親しみが湧いてしまった。『息子よ!明るい未来に向かって頑張ろうぜ~っ!』って感じですね。眺めていて、実に楽しくなってしまいました。

 さて、だいぶ脱線しました。お話を市電に戻します。

 『洗馬橋』電停から次の『新町』電停までの200m足らずが、お目当ての『専用軌道区間』です。この専用軌道区間には、警報機遮断機つきの踏切が2箇所あります。

(8) 洗馬橋電停から町の中心部を眺めると、こんなになっています。道路がちょっと盛り上がってるところが船場橋。電車はインバータ9200形9203上熊本駅前行き。

(9) 釣り掛け車1350形1356健軍町行き。


・・・・・で、この写真を撮影している私の背後に専用軌道区間があるわけで、その画像は、次回。・・・・・な~んて気取るほどの写真はありませんけれど。


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コメント 3

no

こんにちは。
いやー、気付きませんでした。あの「せんば」は洗馬橋・船場町のせんばだったのですねえ。しかも最後の「ちょいとかくせ」…、ずっと「ちょいとかぶせ」だと思っていました。ご利益も、笑。
by no (2006-11-22 20:11) 

quatre-l

以前、熊本出張の際は、時々このあたりも歩いた事があります。
ちょっと裏通りに入ると、昔ながらの街角がいたるところに見られます。実は、この近くに唐人町という地名があるのですが、自分の住んでいた福岡の住所も唐人町だったので興味を持ったものです。
福岡の場合もいろいろ事情があるのでしょうが、近所の小学校は当仁小学校という名前になっておりました。
by quatre-l (2006-11-23 00:30) 

む〜さん

熊本の街、ちょっと裏に入ると戦前の建物が残っていて懐かしい気持になれますね。唐人町の地名は私の母の故郷、高知市にもあります。本を読むと、大昔の秀吉時代の名残らしい事が書いてありました。
by む〜さん (2006-11-23 06:26) 

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