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国鉄相模線の腕木式信号機 [国鉄1980年代]

pencil-red.gif ど~も!70爺の、む~さんです。今から、23年ほど前のお話を致しましょう。1985年・昭和60年4月21日・日曜日。国鉄の相模線、原当麻駅にやってきました。相模線は東海道本線の茅ヶ崎駅から北へ、横浜線の橋本駅に至る33.3kmの全線単線、非電化路線でありました。現在、単線は相変わらずですが、1991年には電化され、相模線バージョンの205系電車が走っています。

 何故、相模線かと言いますと、以前から、原当麻駅近くの踏切を、しょっちゅう通っており、その度に、踏切間近に立つ腕木式の信号機が気になって居たからです。そろそろ、腕木式信号機がアブナイという情勢になっていました。
 今日は、簡単な自動焦点カメラを持ってお出かけした来ました。鉄道ファンのくせに、車で来るなんて言語道断。カメラは、ヤシカのテッサーレンズ付きの小型カメラで、お値段も安かったので、サブカメラとして、わりと頻繁に使っていました。

pencil-green.gif さて、原当麻駅です。近くに「当麻山 無量光寺」という、大きなお寺があります。詳しいことは知りませんが、有名らしい。 

 国鉄相模線原当麻駅の腕木式信号機1985年 

 相模線の自動信号化は何時からだったのでしょう。調べればわかるのでしょうが、今回は、まあいい事にしてしまいます。

(1) 原当麻駅の茅ヶ崎よりにある場内信号機。(画面左、踏み切りの先が原当麻駅)
signal_harataima_001.jpg

(2) (1)の踏み切りの駅寄りから原当麻駅を見ています。茅ヶ崎方面への出発信号機。お隣には既に色灯式信号機が建っています。腕木式、風前の灯火なり!
signal_harataima_002.jpg

(3) (2)からちょっと左を見る。原当麻駅の茅ヶ崎よりのポイントでスプリング式。signal_harataima_003.jpg

(4) 信号機を操作するワイヤ。左へ行くワイヤは茅ヶ崎方の場内信号機へ。右へ行きワイヤは茅ヶ崎方面への出発信号機へ。
signal_harataima_004-01.jpg

(5) プーリーをクロースアップしてみました。
signal_harataima_004-02.jpg

(6) 信号機に至るワイヤを支えるプーリーが棒の上にある。
signal_harataima_005.jpg

(7) 茅ヶ崎方から橋本行き、キハ35+キハ30の二連がやって来ました。列車の後部辺りにも、色灯式の信号機が建っています。
signal_harataima_006.jpg

pencil-blue.gif 簡単に、バシバシ写し、帰って来てしまった訳ですが、何故、通票閉塞機とか、タブレットの受け渡しを写さなかったのでしょうね。


signal-blink.gif pen-para.gif

 私のホームページ「む~さんの鉄道風景」の相模線関連のページです。お時間が御座いましたら、ご覧下さい。

川越・八高・相模線1956年
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link13.html

国鉄相模線1964年
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link129.html

国鉄相模線1966年・夏
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link167.html


coffee.gif では、また次回にお目に掛かりましょう!!!


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manamana

最近までDCと腕黄信号機が残っていたと思いましたが、
もうそんな昔になるのですね。
相模線と言えば、
小学生の頃、スプリングポイントを知らなくて、
ああ、脱線すると友人と焦った記憶があります。
by manamana (2008-07-11 06:30) 

G20

日付の入ったプリント、最近見なくなりましたね。
by G20 (2008-07-11 09:10) 

む〜さん

■ manamana様: 自動信号化して、もう20年。年月の流れは超特急ですね。スプリングポイントは地方の単線地域では普通ですが、私は客車列車世代ですので、見えないので、知らなかったのです。四国の土讃線のC58の引く準急南風、客車の最後部で飛び去るレールを見ていて、通過駅のポイントが、ゆっくりと戻るのを見て、初めて知ったのです。如何にもローカルっぽくていいものだなあと思いました。
■ G20様: 日付入りのプリントは、数十年を経ると非常にいいものです。なにしろ、忘れますもの・・・・。写真作品としてプリントするには、邪魔ですけど、記録としては、有効です。現在のディジタルカメラだと、問題は無いのですが。
by む〜さん (2008-07-11 19:09) 

じろっち

橋本辺りは開発されましたが、南部に下るほど、放置が目立ちますね。
気動車から電車に変わった以外は代わり映えしません。
むしろ、客寄せには非電化の方が良かったかも・・・
by じろっち (2008-07-11 21:04) 

む〜さん

■ じろっち様: 橋本から相武台下、茅ヶ崎から宮山辺りまでは住宅が続くようになりました。あとは、小田急連絡ですが、厚木は急行が停まらないし、海老名は遠いし、この辺りが問題ですね。相模線自体は、退避施設の整備で、まだ、増発は出来そうです。電化で、車輌も綺麗になったし、これからが楽しみです。綺麗で清潔な車輌は、日常利用する沿線の住民さんには必須事項です。キハ17級の気動車運転イベントはいいかもしれません。茅ヶ崎から殆ど勾配無しで来て、相武台下から南橋本まで、登り勾配区間は楽しいと思います。窓全開の5月、10月なんか良いでしょうね!!
by む〜さん (2008-07-11 21:17) 

たらこっち

今日、有隣堂行ってきました。昨日朝日新聞横浜版に出ていたからでしょうか、結構見学者多かったですよ。

会場で相模鉄道営業案内図(昭和32年12月18日現在)を頂きました。相模国分から厚木の貨物線や、昔同じ会社だったということで相模線も一緒に出ています。

相武台下の砕石工場や、寒川支線も書かれています。

昭和32年当時は小田急の本厚木まで乗り入れていたのですね。相模鉄道のこと少し詳しくなりました。


by たらこっち (2008-07-11 22:27) 

む〜さん

■ たらこっち様: 7月10日付でコメント頂いた『相鉄の写真展』、友人のTYさんからもメールを頂戴致しました。新聞記事を見ると、なかなか面白そうです。明日、土曜日の午後でも出かけて見たいと思っています。伊勢佐木町の通りも何年も行ってません。昭和36~38年、六角橋に住んでいた頃には、日常的に行っていたものですが・・・・。さぞや、変わっているんだろうと思います。そっちの方も楽しみです。
by む〜さん (2008-07-11 22:58) 

なかっちょ

むーさん様、こんばんは。

相模線の腕木信号機は、社会人になって東京へやってきた田舎者の関西人が「東京で田舎電車を見たければ、相模線か川越線だよ。」といわれて西寒川支線がなくなるときに見に行きました。

まだ、茅ヶ崎や橋本以外の交換駅ではいくらでも腕木信号タブレットが見られて、ホッとしました(笑)

東京を去るころには、電化されて205系などが走り出すのを見届けました。

今は、沿線はマンションだらけになってるのでしょうか?
by なかっちょ (2008-07-12 00:04) 

quatre-l

私もスプリングポイントを知りませんでした。

先日、「伊香保電車」の写真集の著者であるTさんとお話した時に、高崎市内を走る線路にポイントがあり、どうやって切り替えるのかを教えていただきました。

ナルホド!と目から鱗とでも申しましょうか、思わず膝をたたいてしまいました。「知恵」ですねぇ。
by quatre-l (2008-07-12 04:36) 

じろっち

相模線の写真展も懐かしいですが、この街にはこれまた懐かしい”スロットレーシング屋”もありますよ!(鉄道模型と同じ要領で走るヤツです)
先日走らせてきました。
レンタカーもあるので、からだひとつで行っても楽しめますよ。

京浜パーキングの通りのレーシングパラダイス横浜です。
お昼過ぎに行けば、通りに看板が出ていますよ。
平日の遅い時間帯には、現役レーシングドライバーが客として来ることがあるそうです。
by じろっち (2008-07-12 05:57) 

京葉帝都

腕木式信号機を操作するワイヤーは関東では地べたを這っていたのですね。雪国のローカル駅では1メートル以上の高さの鉄の支柱を立ててワイヤーを廻していました。
by 京葉帝都 (2008-07-12 12:22) 

HIRO

ヨコハマに長いこと住んでいながら、いつも冬の寒い朝とか、キハ20が茅ヶ崎機関区に留置していてエンジン音とかケムが出ていました。
一度乗りたいと思いながらそのうち電化されてやっと橋本まで乗ったことがあります。
腕木式信号機がヨコハマ近郊でも残っていた貴重な路線でした。
今でも電車で対向電車の待ち合わせでホームを下りると架線さえなければ気動車が走ってきそうな錯覚に陥る貴重な路線です。
by HIRO (2008-07-13 12:46) 

む〜さん

■ なかっちょ様: 現在の相模線は綺麗で清潔な205相模線Ver.の走る単線自動閉塞の線区ですが、小田急関係の連絡をスムーズにすると更に利用者は増えると思います。
 沿線は橋本方から開けてきているようです。マンションというよりも、文化住宅とか、それほど背丈の高くないマンションが多いようです。これからですね。
 まだまだ、絵になる場所は沢山あるようです。
■ quatre-l様: スプリングポイントは、オイルダンパでも使っているのでしょうか、ゆっくりと戻るのが愉快です。軽便なんかで、鋼鉄バネだけのを見たような気もしますが、バチンバチンと戻って居りました。
■ じろっち様: 伊勢佐木町のモールを往復、ブラブラ歩き回っただけで疲れてしまい、写真展を見たら、もうへろへろでした。こういうのを、『歳』ていうのでしょう(笑)。
■ 京葉帝都様: なるほど、雪国ではそういう方式で雪と戦ってたのですね。北陸本線など、腕木式信号機よりも、単灯の色灯式の信号機があり、写真を見てすっかり好きになりましたが、実物を見る前に無くなってしまいました。
■ HIRO様: 相模線はキハ20、居ましたね。相模線初体験はキハ41300の単行でした。途中でC11牽引の客車列車と遭遇しました。昭和20年代の末でした。その後、キハ17系列の気動車となり、キハ20も入り、やがて、キハ30系の大量導入で、魅力の無い線区になりました。
 現在の205系は沿線住民には、歓迎されていると思われます。(実際は如何なのかわかりませんが)
by む〜さん (2008-07-13 21:34) 

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