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都電風景・京橋1964年 [むかし噺(2)]

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また「昔ばなし」です。と、云う事はネタが無くなっちゃったからなんですが・・・・。

 ・・・・・時は1964年・昭和39年3月。家内と、今は亡き父と、三人の旅・・・・静岡日本平に行ったついでに静岡鉄道駿遠線に一寸だけ乗ってきたんですが、そのフィルムの残り駒に、国電・有楽町駅での二駒の国電スナップと一緒に、二駒の都電写真が、入っているのを発見しました。何をしに、有楽町から銀座に行ったのか、全く覚えておりません。まあ、思い出せるほうが不思議ですが・・・・・。

pen-pc.gif この時期、カメラは、オリンパスペンと、ミノルタALというF2の45mm付きのレンズシャッターカメラを使っていたのですが、35mmフルサイズのフィルムですから、ミノルタALですね。セレンですが露出計連動で、ピンも最高、レンズ大当たり!いいカメラでありました。

 今回は、その都電の写真をネタに、例によって部分拡大で、「京橋」の昔を偲んでみます

■■■ 都電風景・京橋1964年 ■■■

pen-para.gif 今を去ること47年!1964年・昭和39年3月・・・・東京オリンピックの年ですね。東京は華の銀座通り、京橋の橋の上から京橋交差点方面を、見て居ます。
 都電の5500形の5503が満員の客さんを乗せて、やって来ました。

(1) 京橋交差点に建つ第一生命館(名称、正確にはわかりません。アサヒビールの大看板があります。)、クラシックな塔を持つ二階建てのビル、右端の京橋警察署はすでに警察のPRセンターになっていたかもしれません。そんな通りを、1955年製の「ハイテク電車」5500形・5503がやって来ました。大形車体ゆえに、1系統(品川駅前~上野駅前)専用状態でしたが、1967年、1系統廃止とともに、惜しくも引退。(Wikipediaを参考にshました)
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(2) 右バックの建物は京橋警察署(多分)。その左の、二階建ての素敵な古典的建物は、如何いう会社なのか判りませんが、屋上にエバーグレーズという、当時売り出しの夏向きと言われた、米国渡来の技術で、樹脂・エンボス加工した生地の広告看板が乗っかっています。
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(3) いい建物ですね~。そうそう、エバーグレーズには、魔女みたいなキャラクターが付いていました。5501、一両で終わった、PCCカーではないけれど、当時の先進技術を駆使した、路面電車。MSN車と呼ぶ方が居た記憶があり、M-三菱、S=住友金属、N=ナニワ工機のイニシャルを並べたものでっした。
 都電では、パンタグラフも、珍しかったような気がします。Wikipediaに拠りますと、1956年3月Zパンタ化し、1958年6月ビューゲル化とあります。(ドア脇の広告は、大町ソースならぬチキンソース)
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(4) うん、バックの建物は、京橋警察署~けいさつPRセンター~現・警察博物館です。昭和37年当時、警察署だったか、PRセンターだったかは、知りません。
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(5) ずらりと並んだ、当時の自動車たち・・・・懐かしい姿
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(6) 都電の右の木柱の櫓は、高速道路関係でしょうか?確信はありませんが。そう言えば、京橋の親柱が写っていてもいいアングルなんですが・・・・・。
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pen-para.gif 5503は目前を通り過ぎ・・・・・。

(7) 逆光ですが・・・・色々な自動車の中を、銀座一丁目停留所へ・・・・。
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(8) 電車をクロースアップしてみます。
 ビルの煙が気になりますが・・・・・。左端のジープは、ナンバープレートから、どうやら米軍/自衛隊ではないらしい。右のタクシーは、えーと・・・・・思い出せない!まあ、いいや。
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(9) 堂々のマツダ・オート三輪。ネクタイに中折れ帽のおじさんのスクーターは、普通の風景でした。右端の左折しかかっている車は外車っぽいけれど、何だろう?当時、よく見掛けたシボレー・インパラかしら?(シボレーインパラ、ダッジダート・・・・大藪春彦さんの小説によく登場したことを、懐かしく思い出します)
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coffee.gif ・・・・と、云う事で、昭和37年の、京橋・橋上からの眺めでした。

 では、また次回に!!!!!


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Cedar

もっと昔話を!というリクエストに答えて戴いたわけではないのでしょうが、またまた痺れる写真ありがとうございます。
5500のような電車を使いこなせなかった都電のふがいなさ~名古屋の2000や大阪の3000が多数走り回っていたのに比べて、なんとも根性なしでした。
でも5500はいい電車でした!
by Cedar (2011-11-07 21:50) 

quatre-l

こんばんは!

毎度思うのですが、む~さんのなつかし写真を見るたびタイムトラベルできるんですね。自分が鉄道模型に求める世界といいますか、シーナリィを形作る人形や古い建物と同じで、独特の世界が実はネガの中に息づいているのに気づく。その世界が、この瞬間存在しているのわかる。

同じカットを拡大するだけで、その世界を覗き見できるなんて、オドロキです。パラレルワールドを覗いている気分です。

今宵もありがとうございました。いい夢が見られそうです!
by quatre-l (2011-11-08 00:19) 

む〜さん

■■ Cedar様:
 リクエストにお応えするのも、私の役目と思っています。なには、楽しい写真が無いか、頑張って探索しています。もしも、既発表画像とダブったら御免なさい。
 都電は5500みたいなカルダン車は、他には6500くらいでは無かったでしょうか。現在の荒川線は別ですが。
 東日本に、路面から乗降できる電車がなくなって久しいですね。寂しいお話ですが。
■■ quatrel-l様:
 昭和20年代~30年代は、鉄道・軌道が輸送の花形でしたから、庶民の生活に直結しておりましたね。自動車の普及するにつれ、鉄道は後退し、自動車に変わりつつあります。そんな頃のネガを、是非ともご覧頂きたく、オモシロそうなネガの探索をつつけます。
 銀塩写真のフィルムって、結構、情報量が多いですね。拡大して行くと、思いがけない発見もあったりします。
by む〜さん (2011-11-08 00:28) 

maipenrai

昭和42年12月10日の都電大殺戮(物騒にも私はそう呼んでます)の記憶が生々しいせいか、この季節になるとあの頃の都電を思い出すことが多くなるのは私だけでしょうか?
 それにしてもオリンピック直前の京橋の街並みが素敵ですね。銀座方向には近代的なビルも見えていますが、石積みやレンガ造り(?)が並ぶ背景の前を走る5500形にうるっときました。
by maipenrai (2011-11-08 07:30) 

K♂chan

うひょー!
貴重な写真をありがとうございます。
こんなだったんですねぇ。

そうそう、
金井入り口の信号の町田側の次の信号を曲がってすぐ
(川沿いの道の川側)の駐車場に
オート三輪停まってましたよ。

by K♂chan (2011-11-08 08:26) 

む〜さん

■■ maipenrai様:
 某国と某自動車会社の策略で路面電車壊滅作戦、見事に乗っかってしまいましたね。東京、川崎、横浜、小田原、水戸、高崎、みんな無くなってしまいました。確かに自動車は便利ではありますが、子供、老人が困りますね。自転車は、無謀運転も多いけれど、自動車・歩行者の敵扱いされています。なんだか、変な構造になりましたね。最近ではバスも採算危ないらしいし・・・。これから、如何なって行くのでしょう。
 東京は、明治大正の建築物は絶滅状態、昭和初期のビルも、消えてゆきました。算盤に逢わねば、壊されちゃう。文化の継承なんて如何でもいいみたいに見えます。寂しいなあ。
■■ K♂chan様:
 ここは、京橋ではありますが、モダンな建物が並んだ、花の銀座を思わせますね。
 オート三輪は、一世を風靡しましたね。金井のオート三輪、お知らせくださって有難う御座います。実は、2005年に気付いて以来、ずっとあそこにありまして、2007年3月のブログに書いた事があります。貴重な遺産ですね。保存されている、お店の経営者の方に、感謝いたして居ります。
http://mu3rail.blog.so-net.ne.jp/2007-03-08
今はありませんが、以前は、あの駐車場にシトロエンの、あの可愛らしいパネルトラックがありました。波板仕立ての、角ばったヤツですが、魅力的でした。
by む〜さん (2011-11-08 09:10) 

G20

パンタグラフの都電、幼い頃の記憶が正しかったことが、確認できました。
by G20 (2011-11-08 09:12) 

む〜さん

■■ G20様:
 パンタグラフ集電の都電、珍しい存在でしたね。
 集電装置のビューゲルを折り返しのとき、向きを変えますよね?!そのときの、スパークと言うか、アークと言うか、その光と、音が凄かったですね。

■■♪♪ hajime様:
 「nice!」 有難う御座います。
by む〜さん (2011-11-08 15:53) 

なにわ

「あめりか~ん」そのものの電車故に、街並みから浮いております。なにより大型すぎます。
7000か7500の車体で量産すれば、後年まで生き残っていたのに。
by なにわ (2011-11-08 19:45) 

京阪快急3000

こんばんは。

昭和39年当時の都電5500形が写った貴重なお写真etc・・・。

じっくりと拝見させていただきました。

「当時の世相」が何となくですが(?)、よく分かりました。

お写真の「解説」も、結構面白かったです(笑)。

また、こういった「古いお写真」のアップ、期待しています。

自分の体調の件ですが、明日(9日)、かかりつけの病院で予約を取って先生に診てもらうことにしました。

アドバイス、どうもありがとうございました。
by 京阪快急3000 (2011-11-08 20:40) 

Crane

こんばんは この路線は川向こう(葛飾)の子供にとっては馴染みがなくはじめてみる電車です。おじが業平線の運転手をしていました。結構お客を見ているらしく、たまたまおじの電車に一人で乗った時に親に乗っていたねなんて連絡があったものです。たしかそれからしばらくして廃線になって、おじは地下鉄の駅勤務になりました。
 それから懐かしい車がいっぱいですね。外車はわからないですが
ブルーバードやグロリアやクラウン、ジープとグロリアの間のバンはパブリカではないですか。
by Crane (2011-11-08 20:44) 

のり

いいお写真ですね。
この高性能電車を使い切ることが出来なかった東京都が情けないと感じるのは私だけでしょうか。なんだか、あの「Fトレイン」の一件を思い出してしまいました。
by のり (2011-11-08 23:20) 

利きゅう

荒川車庫前の「都電おもいで広場」に5501号が保存されていますが、5500形の塗装・・・6000形などと比べるとクリームというより白っぽく見えてしまいます。
当時から5500形は黄色に赤帯ではなくクリームに赤帯だったのでしょうか?
初めて荒川車庫に保管されているのを見た時は褪色しているのかと思いましたっけ・・・。

11月5日に「都営交通100周年記念フェスタin浅草線」が馬込車両検修場で行われ、京成AE100形・京急2100形が出張して展示されたようです。
これを機に、羽田-成田のスカイライナー実現とエアポート快特に2100形の充当を!・・・・・・なーんてことには、なりませんよね。
by 利きゅう (2011-11-09 00:04) 

K♂chan

やはり、取り上げてらしたのですね♪
シトロエンも記憶にあります。
きっと、
む〜さんとニアミスしてるのでしょうね。
(^v^)
by K♂chan (2011-11-09 00:05) 

む〜さん

■■ なにわ様:
 大形の電車は持て余されていたようで、5500は1系統から出なかったし、5000は11と12系統専用みたいでしたね。5000は後期にはかなり改造され、まるで姿が変わっていたのもありました。
 当時の私は、5500が視線にはいると、もう、ワクワクしたものです。
■■ 京阪快急3000様:
 今になってみると、余計な背景が、時代を映しているので、想い出の種になって居ます。4~50年もたちますと、街の風景もがらりと変わってしまいますので・・・・。
 病院で診てもらうことになった由、原因をはっきりさせれば目標も立つし、何にも無ければ、更に安心。私もほっとしました。
■■ Crane様:
 街の風景に車は欠かせませんね。時代がはっきり見えますもの。そう、確かにパブリカのバンです。私は営業でしたから、登場当時のパブリカバンを割り当てられ、始動が上手く行かないことが多く、しょっちゅうプラグのギャップを磨いたり、拭いたりしていました。
 おじ様が、都電の乗務員さんだったのですか・・・・良い思い出話が沢山お聞きになれますね。車両ごとの癖とか、お客さんとのエピソードとか・・・・。
■■ のり様:
 5500は確かに大き過ぎたかもしれません。品川駅前~上野駅前は、新橋・銀座・日本橋と、一級の路線でした。そこに、実によく似合っていました。カルダンドライブだし・・・・。
 たしかに、もう少し大事に使って欲しかったような気がします。新しいものを作ったら古いものは、さっさと捨てちゃうのは、東京人の悪い習慣ですね。自動車なんかも、そんな傾向がある気がします(こっちは、全国的かなあ)。
■■ 利きゅう様:
 私の記憶では、5500は、赤を少し入れたベージュに、赤帯でした。黄色と違って、落ち着いた感じでありました。
 グリーンとクリームの保存展示車も、緑はダーク系で落ち着いた感じだったのですが、あかるい緑に黄色の強いクリームだったりすると、違うなあと思ったりします。もっとも、退色した色が記憶にあるんだよと言う友人も居ますが・・・・。
 色の記憶って、難しいですね。フィルム、印刷、みんな違う気がしたりするのです。
 KHK2100の成田ですか・・・・無理だろうなあと思いつつ、強く望む私が居ます。京成からはAEが羽田へ来る。夢だなあ!!
■■ K♂chan様:
 もう、あそこの社長さんには頭が下がります。週に一回以上、前を通りますが、必ず、マツダT-2000、健在を確認したりします。
 ニアミス・・・・そういえば、一昨日も、デニーズで珈琲してました。(笑)
by む〜さん (2011-11-09 06:07) 

Crane

都電のおじは16年に他界しており残念ながら話は聞けません。色々聞いておけばよかったと思います。
 都電から記憶の中から引き出されるのがトロリーバスっていうのが走っていました(鉄道から離れちゃいますね)残念ながら乗ったことがないんです。
 また蔵出し写真を見せていただければ幸いです。
by Crane (2011-11-09 21:07) 

む〜さん

■■ Crane様:
 おじ様は亡くなられたのですね。きっと、乗務員さんで無ければ体験できなかったお話が聞けたと思います。
 トロリーバスは、関東では、東京、横浜、川崎にありました。ろくに写しに行きませんでしたが、品川駅前のシーンがあります。
http://www006.upp.so-net.ne.jp/mu3rail/link807shunkan.html
 トロリーバスは一応、『無軌条電車』ですから電車の親戚のようです。
by む〜さん (2011-11-10 00:21) 

グズグズ

む~さん、はじめまして近代建築をブログで紹介しているグズグズといいます。東京で路面電車が活躍していた頃の写真はその頃の町並みや自動車が写りこんで資料を調べるのに参考になります。そこで京橋の建物で詳細がわからない第一生命館の手前の建物についてお教えしたいと思います。
写真が撮られたころは「浜野繊維」という会社が使っていたと思います。建てられたのは大正3年で豊国銀行京橋支店として建てられた銀行建築です。その後昭和銀行となり最後は浜野繊維のビルになりました。ついでにもうひとつ、(8)の写真のタクシーは「プリンス・スカイラインスーパー」です。
by グズグズ (2012-04-20 01:08) 

む〜さん

■■ グズグズ様:
 このエバーグレーズの広告の付いたビルは、浜野繊維のビルだたのですね。大正3年の銀行建築ですか・・・・納得の大貫禄です。
 タクシーのプリンススカイラインスーパー、車種同定有難う御座います。
 貴方様のブログ、拝見しました。素晴らしいコレクションです。吃驚致しました。
by む〜さん (2012-04-20 22:51) 

トマト大好き

京橋!第一生命相互館!濱野繊維!!感動です[ほっとした顔]
by トマト大好き (2017-02-03 10:04) 

伊豆之国

都電・玉電を初め、路面電車が各地で姿を消してきた時期に少年時代を過ごしたこともあり、ターミナルの駅前に降り立つと今も路面電車が健在な街~函館、富山、豊橋、天王寺、広島、松山、長崎、熊本、鹿児島、etc…に旅先で訪れると、幼き頃を思い出してなんともいえない感慨を覚えることがよくありました。
それでも、富山とか札幌の動きを見ると、まだまだ捨てたものではない、路面電車が繁昌している欧州に習うべきものが多いのではないか、と思うのですが。
銀座の都電、銀座四丁目から築地・勝どき方面を走っていた姿には記憶があるのですが。渋谷駅東口の都電は、今もはっきり覚えているのですが、「再開発」で東横東館、東急文化会館と共に跡形もなく消えていったのは実に惜しかった…。
by 伊豆之国 (2017-02-03 20:21) 

む〜さん

■■ トマト大好き様:
 素晴らしいビルでしたが、両方とも無くなってしまいましたね。日本橋の袂にあった「帝国製麻」も凄かった。使い難いし、維持費もばかにはならないでしょうが、先人の作品を保持して行く気概に欠けるような気がします。
■■ 伊豆之国様:
 確かに東京の自動車は増え過ぎていましたね。逃げられない電車やトロバスはひとたまりもありませんでした。だいたい、東京の人間はせっかちで、独りよがりの気がします。自動車の規制に行かずに安易な電車撤収に行ってしまいました。惜しかったなあと思います。
 路面電車時代に育ったせいもあるかもしれませんが、市内電車があると、市街の景観が締まりますね。
by む〜さん (2017-02-05 09:16) 

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