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689:渋谷まで出掛けて来ました(その2)井の頭線 [お出かけ通信651-700]

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2013年3月9日・土曜日・・・・・渋谷まで、出かけて行きましたが、その途中の「電車風景」です。
 小田急・下北沢駅で下車した私ですが、昔ながらの分かりづらい構内の階段を上がったり下がったりしていたら、京王電鉄井の頭線のホームに出ました。
 下北沢駅は現役時代はしょっちゅう通過や乗換えをして居りましたが、下車しとことは殆どありません。

■■■ お出かけ通信(689) ■■■

■■■ 渋谷まで出掛けて来ました(その2)井の頭線 ■■■

pen-para.gif 下北沢駅・・・・小田急のホームから複雑な通路・階段を通って京王電鉄・井の頭線のホームに上がりました。吉祥寺向きの先端に行って見ました。

(1) ホームに接して踏切。「あぶない・・・・」の注意書きがありました。ここから、駅の外へ出ちゃう輩が居るのかも知れません。
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(2) 10:50 警報機の鳴る音が聞こえ、渋谷行の急行電車が近づいてきました。1000系の1752以下、4ドア20m車の5連です。手前の大きな看板が気になります。
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(3) 10:50 (2)の電車がホームに入ってきます。(2)の大看板は、こんな場所に建っています。
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(4) 看板だけ拡大してみましょう。「踏切の中でたちどまる」って何なのでしょう?時間帯によっては大変な人数の人たちが殺到するのでしょうか・・・・「???な看板」です。
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(5) 10:56 (2)(3)の電車の最後部、1702に乗ります。乗った電車は急行でしたから、席に座ったと思ったら、もう渋谷です。右は私の乗ってきた1702。左は、吉祥寺行急行の1732です。前面の窓や、方向表示の形が違います。
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(6) 同じポスターを、こうも集中的に貼られると、私としては「如何なものか?」と思ってしまいます。広告業界、いろいろなテクニックもあって、これも有効な方法なのかもしれませんが・・・。
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(7) 1702のポートレート。
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(8) 1732です。前面の窓の処理はスマートなんですが、オデコの部分がのっぺりした感があります。
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coffee.gif これから、岡本太郎氏制作の大壁画の前を通って、東急東横線の渋谷駅ホームに向います。


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コメント 5

はーさん

井の頭線下北沢駅の踏切は本当にホームに接近していますね。
こんな踏切は構内踏切がほとんどなくなった、首都圏の私鉄には少ないのではないでしょうか?
あっ、東急大井町線九品仏の踏切がありますね!
by はーさん (2013-03-12 17:57) 

micchama

今晩は、井の頭線は学生時代に何度か乗りましたが、それから、しばらくして、急行運転という話を聞いて、あんなに狭い線路敷で、どのように退避するのかしらと思っていましたが、今でも走っているのですね。
全線距離は短いし、距離に比べて駅数は多いし、駅間距離も短いし、京王のお荷物かと思っていました。
でも、今は、山手を縦貫するハイソナムードの路線になったらしいですね。
渋谷の次の神泉の駅のトンネル入りかけの踏切をまたぐ構造はどうなっているのでしょうか。

by micchama (2013-03-12 22:53) 

おおや

こんにちは。
踏み切りのなかで立ち止まらないで下さい。とは、遮断機が下りている間に、上り線と下り線の間にいることはしないで下さい。と受け取れますが、いかがでしょうか。
井の頭線もこの1000系がすっかりおなじみになったように感じます。貫通なのに、二枚窓に見えるデザイン、よく考えたものだなぁと感心します。井の頭線の渋谷駅は結構暗いのですね。
では、失礼します。
by おおや (2013-03-13 00:18) 

水雷艇

現代の鉄道は、昔と違って安全対策は自己責任では無く、鉄道会社責任ということなのでしょうね。
昔、旗の台に住んでいる頃、池上線の改札口から下りのホームに行くのに、駅内で線路を横断する必要がありましたが、電車が近付いて来ていても、みんな平気で走って横断していましたし、沿線では線路と道路の間に、それほど高い柵が無かったので、僕らは釘を線路において、電車が通った後、ぺしゃんこになるのを面白がって遊んだりしました。
今は、そんなことしたら補導され、新聞に出ちゃうかもしれませんね。
by 水雷艇 (2013-03-13 14:57) 

む〜さん

■■ はーさん様:
 井の頭線の3連時代は、確か下北沢駅のこっち側の出口はホームから構内踏切でつながっていたような記憶があります。(思い違いかもしれませんが)
 大井町線の九品仏駅のホームと踏み切りはどうなったのでしょうね。最近は殆ど乗りませんので、そのうちに行って見たいものだと思っています。
■■ micchama様:
 神泉駅の構造は基本的に変わっていないようです。トンネル側に多少延長したようですが。
 大昔?の昭和30年ごろ、井の頭線には1700という東急の3500みたいな電車が居ました。吊り掛けなのに、何故か静かな走行でしたっけ。
■■ おおや様:
 上下線の間隔が広いですから、そういう事もあったかもしれませんね。如何いう状態なのか想像する事も出来ませんでした。
 井の頭線の湘南顔は昭和30年ごろの1900形を思い出しますね。まだ、吊り掛けですが。格好良いなあと思ったものです。
 渋谷駅は、高架上の駅ですが、トンネルにアタマを突っ込んだかたちですので、屋根と相まって暗い駅となって居ます。
■■ 水雷艇様:
 責任は全て私ではなく貴方という考え方は、昔は無かったような気がします。米国辺りの悪い風習が輸入されてきたのでしょうか。
 線路と道路の間に柵なんか無いところが多かったですね。柵が無くとも人は入らないことになっていました。いまでは、入れないようにしないと、責任を問われるようになりました。これは鉄道会社にとって大変な出費ですね。
 線路で遊んだのは私も同様で、それでも、列車接近に気付かずに轢かれちゃう人はいなかった気がします。当時の子供は、自己防衛意識があったのでしょうか。まあ、そんな線路の遊び場は昭和20年代後半頃から段々無くなってゆきましたが。
by む〜さん (2013-03-14 22:40) 

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