731:江ノ電(上)腰越編 [お出かけ通信701-750]
2013年・平成25年11月4日・月曜日(文化の日 振替休日)・・・・・・ここのところ、だいぶ御無沙汰の江ノ電に行ってみたくなりました。朝は小雨が降ってましたが、やむとの予報なので、11時ごろに出発したのです。16時ごろからの予定もありますので駆け足の撮影行でなかなか楽しかったです。今回は二回に分けて書きます。
■■■ お出かけ通信(731) ■■■
■■■ 江ノ電(上)腰越編 ■■■
町田から小田急に乗り、藤沢駅から江ノ電に乗車。腰越駅に降りたのは12:30少し前でありました。食事もしなければならず、時間も無いので、駅前のコンビニエンスストア「スリーエフ」で、お握を一個に、何故かドラ焼を一つ買いまして、ポケットに突っ込んで歩き出しました。
神戸橋をわたり、神戸橋の交差点を過ぎて直ぐの場所で電車を待つことにしました。真正面に腰越の駅が見えています。
(1) 12:32 藤沢行の2003を先頭にした4連が腰越駅に到着。
(2) 12:33 腰越駅を出発した2003をレンズを広角にして、神戸橋を一杯に入れて撮影。
(3) 12:33 4連の電車の一番後ろは1552でした。
(4) 12:36 江ノ島側に少し移動して、一寸待つと、江ノ島で交換してきた1251以下4連が近づいてきます。
(5) 12:36 レンズをちょっとワイドにしてもう一枚。
(6) 12:36 レンズを35mm相当にして出来るだけ引き付けてみました。
(7) 12:37 目の前を通り過ぎてゆく鎌倉行き電車。最後尾は2001でした。
(8) 12:37 神戸橋を渡りカーブを曲がって腰越駅に入ってゆきます。
(9) 12:44 またさっきの場所に戻って腰越駅に到着した藤沢行の501を望遠で。
(10) 12:44 発車した501以下4連の電車は神戸橋にかかります。
(11) 12:45 クロースアップで一枚。
(12) 12:46 500の後についていたのは、355でした。
(13) 12:46 電車はゴチャゴチャした街路をゆっくりと江ノ島駅に向かってゆくのでした。
そろそろ引き上げようと思う。次の目的地は「七里ヶ浜駅」。
(14) 神戸橋の交差点に海側から江ノ電バスがやって来ました。この行き先は「藤沢駅」みたいに見えますが如何でしょう?
(15) 腰越駅の手前の道端に4kmの距離標が立っていました。
(16) 12:49 腰越駅のホームに鎌倉行が到着しました。1052です。
(17) 12:49 腰越駅はホームが短く、三両分しかありません。一番前はドアが開きません。藤沢行は一番後ろの電車のドアが開きません。
七里ヶ浜駅で降りて、藤沢側に一寸戻った辺りで撮影した江ノ電の電車たちの写真は、次号でお目に掛けます。ご期待下さい。
ようこそ湘南へ。
当日はあいにくのお天気でしたね。
併用軌道のあたりは生活道路でもあります。
その様子がよくわかる写真ですね。
by サッシの父 (2013-11-06 18:42)
こんにちは。
私が子供の頃は、もう少し余裕があるように見えたのですが、周りの家が大きくなっているのでしょうか。むーさんにはどのように見えますか。
釣りかけ電車を見ることが出来ましたでしょうか。
1000系に残っていましたよね。
では、失礼しました。
by おおや (2013-11-06 21:17)
ひょいと出撃できる江ノ電、まことに羨ましい限りです。
もう4連が当たり前になったんですね。
生活感あふれるこの電車、大好きです。
by のり (2013-11-06 23:29)
■■ サッシの父様:
お久しぶりです。お元気でいらっしゃいましたでしょうか?雨の江ノ電も悪くないなと覚悟して出かけましたが、ラッキーにも雨は上がりました。七里ヶ浜の辺りは、線路の向こうに門があったりする家があって、昔の面影がありますね。昭和の中頃には、道路だか、線路だか判らないようなところがありました。さすがに現代はくっきりと線が引かれています。
キョロキョロと見回しつつ江ノ電の沿線を歩いていると、思わぬ発見があったりします。
■■ おおや様:
江ノ電沿線、家がビッシリ建ち並びましたね。昭和中頃は、まだ、田畑があったりしたものです。
吊り掛けは現在8両かな?2連が4本。結構残っているものです。305の編成は床が板張りですが、意外や、カルダンだそうで・・・。
■■ のり様:
のり様の阪堺電車よりは、はるかに遠いです。町田からの江ノ電均一乗車券が990円、家から江ノ電に乗るまで、片道一時間は掛かります。しかし、半日でも結構楽しいのです。
モ161が元気なうちに、せめてもう一度、大阪・堺へ行きたいです。
4連・・・・そういえば、最近二連に当たりません。なくなっちゃったのかなあ・・・・。
観光客、地元の勤め人、主婦、学生生徒、ごちゃ混ぜに乗っているところが良いですね。観光客を差し引くと、東急世田谷線になるみたいな感じです。
■■♪♪ tochi様:
■■♪♪ 素人写真様:
「nice!」 有難う御座います。
by む〜さん (2013-11-07 13:28)
江ノ島~腰越間の路面区間は、鎌倉を訪れるときによく歩くことがあって、江ノ島駅の東側で路面に出てくる辺り、龍口寺の前から急カーブに身をくねらせて路面に出て行く電車の姿を撮るということは、もうかなり前から定番になってしまっています…。その交差点、車がひっきりなしに通るのに、交通信号がないので(電車の接近を知らせるベルとスピーカーはありますが)いつも反対側に渡るのに苦労してしまいます。連休などに行くと、お巡りさんが道の真ん中に立って交通整理をしていますが…。
腰越界隈で私がお気に入りの場所というと、「腰越の詫び状」で名高い満福寺。江ノ電の踏切を渡り、短い石段を登ったところがその境内。兄・頼朝に疎まれて鎌倉から追い出された源義経が再び鎌倉に戻ろうとしたところ、鎌倉まであと少しというその腰越で足止めされ、泣く泣く立ち去ったという伝説は涙を誘うものがあります。建物自体は小ぢんまりとして新しいものですが、義経にまつわる話などを描いた襖絵が見られます。
by 伊豆之国 (2013-11-08 00:47)
■■ 伊豆之国様:
江ノ島駅から龍口寺前に電車が出てくる辺りは昭和34年ごろと余り変わっていませんね。ご多分に漏れず私も、昭和34年、37年、そして数年前も、龍口寺前から腰越の通り方面を写して居ります。昔の写真にはポール集電の電車が写っています。
満福寺の話は不勉強で知りませんでした。言われてみれば、写真(1)、写真(9)に写っている青い看板が満福寺なんですね。こんど、立ち寄って見たいと思います。
by む〜さん (2013-11-08 21:28)
こう見ると改めて狭いところを走っているものだと思います。まるで明治大正の市街電車か、さもなければヨーロッパの古い街の市電の写真でも見ているようです。車体が昔に比べて大きくなったにしても、両脇の車が止まって退避せざるを得ないほど道路幅の狭い併用軌道なんて、昭和40年代ならともかく、今は日本中探してもいくつもないのではないのでしょうか。ドライバーには傍迷惑でしょうが、景色としたら産業遺産級という気がします。
バスは難読で名高い小動を出てきたものでしょう。津村・手広経由藤沢駅だったような気がします。たまに見かけますね。
by Ryo (2013-11-13 19:20)
■■ Ryo様:
昔ながらの狭いところを掻き分けるように走る江ノ電は非常に魅了的な電鉄ですね。私は昭和34年が「最初の撮影行」なのですが、もっと早く来るべきだったと悔やんだ事でした。
腰越の商店街は、海岸のバイパスが出来て以来、多少は自動車交通量が減ったようで、地元の方の利用が主になったように見受けられますね。
神戸橋の交差点にある魚屋さんは魚フライなどのお惣菜もやっていて、そのタネが色々な「魚」で、お店の方には申し訳ないと思いましたが、暫く眺めていました。こんどは、幾つか買って、ソースを掛けてもらって、コンビニのおにぎりでお昼ご飯を海岸で食べてみたいです。
バスは、手広、西鎌倉方面から来て、神戸橋交差点を左折、小動方面に行ったのですが、134号を回ってきたのか、海岸方向からやって来て、再び手広方面に走って行きました。操車場も無さそうなので、ループになっているようでした。
■■♪♪ Cedar様:
「nice!」 有難う御座います。
by む〜さん (2013-11-14 06:27)