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江ノ電/46年の今昔 [小田急・江ノ電・箱根登山]

今日は雨は無し。梅雨も一休みと言ったところです。暑いっ!!昼間は車、エアコン入れて居りました。
15時前に家を出て仕事場へ・・・・帰宅は22時になりました。今日は踏切も立体交叉も通ったんだけど、電車の陰も拝めなかった。残念っ!

今日の写真は何にしましょうか・・・・・最近、同一場所で違う日時に撮った『定点観測写真』への反響が多いみたいなので、今日は、ホームページ『む~さんの鉄道風景』から古い江ノ電の写真を2枚、そして去年のデジカメ写真を二枚、並べてみました。

場所は江ノ電の江ノ島駅に近い龍口寺の前から腰越駅方面に続く商店街、そして、その真中を行く路面電車の線路。
この商店街は、じつに良い雰囲気で、何回行っても心温まります。帰りには、何故かホンワカした気分で家路につける。

(1)昨年、2005年1月、江ノ電訪問。昔、ここで江ノ電を写したことを思い出し、龍口寺の低い階段を上りました。真正面に商店街が続き、線路が伸びています。

(2)その商店街の中を、レトロタイプの電車が行きます。

道路の半分ほどもあろうかと思われる電車が、何故か邪魔とは思われませんでしたが、私が電車ファンだからかもしれません。毎日、こういう中で生活されておられる方々は、また、別の想いもあるのでしょう。

(3)1962年(昭和37年)9月の同じ場所です。先ず架線が当時はカテナリーでなく、ポール集電用のシンプルなものです。鉄製のビームもなく、空が煩くないのですが、駐車する車が多く、狭苦しい感じがしますね。

(4)さらに3年ほど遡ります。1959年(昭和34年)11月。路上には自動車の姿は少なく、駐車している自転車が目立ちます。この辺りから、自動車が爆発的に増え始めたのでしょう。架線関係は殆ど変わっておりませんね。

・・・・・・と、まあ、こんな腰越の商店街。皆様、是非とも江ノ島の駅から、この商店街を歩いてみてください。そして、名物のシラスのお料理を食されるのもよろしいかと思います。そして、腰越駅迄歩いてみて下さい。きっと、暖かな気持になれる筈です。この先、自動車が怖いから、お勧めはしませんが、海岸に出て鎌倉高校前から七里ガ浜駅辺りまで、写真を撮るには良いポイントが多いようです。

新車の500形も、すでに走っていますので、被写体には事欠きません。お帰りには、江ノ島からモノレールで大船に出るコースもあります。


こんなところで、今日の日記はお仕舞いっ!!また、あした・・・・・。次ぎの企画は未だ決めていません・・・・少々、悩む私。


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今日も『小田急』:もう、いい加減にしないと・・・・。 [小田急・江ノ電・箱根登山]

曇り空で始まった今日は、雨がドッカーンと降って来たり、晴れ間が覗いたり、そして妙に暑い日でした。
街に出て雑用を三つほどこなし、馴染みのファミレス『D』でサービスランチ・・・・・烏賊フライ&回鍋肉にキャベツの千切りフライドポテト添え、御飯。食後は珈琲をつけて昼食。

食後に今日も小田急の線路脇にやって来ました。今日は、町田駅と玉川学園前の中間地点辺り、築堤の見渡せる場所を探し当てて、電車観光。

(1)ロマンスカーLSE7000、EXE30000よりも余程スマート!

(2)8000系:いい電車なんですけどね~、何故か、それほど好きではないのです。何処がっていわれると返答に窮します。いいカタチなんですよ、確かに。

(3)食パン号・・・・JRのE231の派生的電車だけれど、その中でも、好きでない方に属します。乗ってみれば、いい電車ですよ。まあ、趣味の問題。強いていえば、お顔かなあ・・・・。

(4)ワイドドアバージョンの1000系。

(5)5200系・・・・好きだなあ!!5000も良いけれど、下降窓の分、採点アップ。デハ2100以来の、この顔も、そろそろ年貢の納め時みたいで、寂しい限りです。

(6)場所を一寸移動したのですが、思惑外れで、光線状態が良くない。オマケにカーブの具合が逆で、まずいなあと思ってましたら、そこへ10000系、HiSEが来ちゃった・・・・・。


・・・・・・って、わけで今日の日記はお仕舞いです。


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土佐電鉄は「とでん」 [2003年の旅]

6月18日日曜日、鉄道系の話題はなかったので、『土佐電鉄(とでん)が走る街・今昔』って本が『JTB・キャンブックスシリーズ』から出版されたのに因んで、土佐の高知の路面電車の以前に撮った写真を少々。

2003年の3月、高知へ旅しました。そのとき遭遇した土佐電鉄。

(1)先ずは、単線区間のハイライト。狭い道を行く場面。高知の市街を西に走り、鏡川橋電停を過ぎると、ここから主点の伊野まで単線になります。鏡川を専用の鉄橋で渡り、狭い街路に入って行く。約1.1km、両側は商店で、~『鴨部』~『曙町東町』~『曙町』~『朝倉』~『朝倉駅前』と途中、交換施設もあってのどかな街並み。

『朝倉』電停・・・・電車は615。

たしか『曙町』辺りかと・・・・・・。

『朝倉駅前』

(2)高知の市街地で・・・・・

『上町一丁目』電停/No.613と804。

高知駅前~桟橋通五丁目の路線、高知駅前から、ひとつ目の『高知橋』付近。

同じく『高知橋』付近で202と215。

『7』ですが『維新号』と名付けられています。台車は古いブリルですが車体は新製。『蓮池町』電停。

桟橋通五丁目から高知駅に向かう電車から・・・・202です。場所は失念。

播磨屋橋交叉点で、たまたま最新の低床車、ハートラムに遭遇しました。お隣は624。

(3)最後にコマーシャル!

JTBキャンブックス『土佐電鉄(とでん)が走る街・今昔』。現在書店にありますので、ご覧の上、もし、お気に召しましたら、お買い上げ下さい。税込み1,890円です。


では、また明日!


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今日も小田急・・・・柿生駅付近 [小田急・江ノ電・箱根登山]

紫陽花が綺麗に咲いていました。梅雨の時期に良く似合う花。ガクアジサイ、好きな花。お隣りのですが・・・・・(笑)。

家内のお供で小田急の柿生駅あたりまでお出かけです。彼女の用件が済むまで、線路脇でOERウオッチング。駅の小田原向きの踏切、スーパーマルエツの駐車場、線路沿いの道など、先行き短いと聞く5200重点に、小一時間、写しておりました。

背景がゴッチャゴチャで、写真としては不満ですが、まあ、これが現実ってもんです。

(1)5000系

(2)5200系の準急。下降窓だった事が、二段上昇窓の5000系よりも早い引退につながったらしいと聞きましたが・・・・・。

(3)ロマンスカーHiSE:10000系はこの一本が残っています。

(4)5200系

(5)VSE:50000系。綺麗な電車なんですが、このアングルだと4灯横一列の前照灯が、出っ歯っぽく見えてしまうので少々惜しいと思うけれど。


用事も済み、お昼になってお腹も空きました。家の近所のセルフサービス形の「さぬきうどん」のお店が気になっておりましたので、初めて入って見ました。昼の時間とあって、駐車場はほぼ一杯。
かけうどん(中)に、玉葱かき揚げ、牛蒡人参天麩羅をオプションで、550円でした。うどん、お汁、ともに美味しいのですが、揚げ物には残念ながら良い点は上げられません。

そんな訳で、お昼過ぎには帰宅して、このブログを書いています。眠たくなっちゃったので、30分ほどお昼寝でもしようかと・・・・・・・・・・。


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鉄道発祥の地・ダーリントン [欧州鉄道風景2003年]

今朝のソネットブログは昨日のメンテナンスが効を奏したのか、マズマズの動きのようです。このまま良い方向に行って欲しい。問題は夜だなあ・・・・今夜は如何だろうか?な~んて思いながら、この記事を書いております。無事にアップロードされる事を願いながら・・・・・。

昨日は夜、二時間の仕事だったから、昼寝も出来たし、のんびりと過ごせました。そうは毎日、電車に会える訳で無し、会えても小田急とJRハマ線だけですから、変わり映えもしない。そんな理由で、少年時代を過ごした、大田区は東急池上線の写真が少ない。今になれば惜しい事です。

今日は、鉄道発祥の国、英国のお話です。ロバート・スチブンソン(何でPHがブって読むんだろう?本によってはVで無いのにヴになってる・・・・疑問!)の実用一号蒸気機関車が走ったダーリントン・ストックトン鉄道の遺跡と、その蒸気機関車ロコモーションが保存されているとの話に、鉄道を愛好する者として一度は行きたかったのです。2000年秋、英国を訪れ、ロンドン周辺の鉄道を見物・乗車したのですが、その時が最初の『ヨークの国立鉄道博物館』と『ダーリントン訪問』のチャンスだったのですが、400年ぶりの大雨と洪水とかで行く事が出来なかったのです。全くついてなかった私。
2003年秋、スイス・イギリス・鉄道の旅の企画が、学生時代からの友人の間で持ちあがったとき、リーダーにお願いしてダーリントンをスケジュールに組みこんで頂きました。有り難い事です。
鉄道愛好家として一度はDarligtonに行きたい!私は、聖地巡礼って、こんな感じなんだろうかと思ったものです。

2003年10月29日、宿泊したヨークの宿で、英国風の朝食をとりました。目玉焼き玉子、ソーセージ、ベーコン、トマトのソテー、煮豆、キノコのソテーの皿に、薄く切ったトースト、紅茶。

ヨークからヴァージンの列車でダーリントン着。

屋根に覆われ、煉瓦の壁に囲まれた素敵なダーリントン駅でした。

ここから支線で一駅のノースロード駅に博物館があり、ロコモーション号があるのですが、良い列車が無いのでタクシー。1842年に立てられたと言う元・駅舎は立派なものです。これが博物館になっております。

そこに、1825年に、ストックトン・ダーリントン鉄道で初めて石炭貨物列車を引いた、ロコモーション号が展示されています。実物だそうで、もう、感激感動、手のひらで撫でたり、並んで記念撮影したり、大はしゃぎの私でした。

こういう産業記念物が大事に保管されている国なんですね、英国って。凄いものだなあと思いました。こんど、大宮にJRが作る鉄道博物館はどのような展示がされるか興味あるところです。

ロコモーション号だけでなく、何両かの蒸気機関車、鉄道関連の展示物も色々あって、ここまで足を伸ばしただけの事は充分にあり、大満足でした。

実際の駅の線路とホーム、屋根を使った博物館です。現在のノースロード駅は、裏側に線路一本の無人駅になっています。

見学ついでにトイレを使いましたら、こんな便器がありました。ひょっとすると1842年バージョンかもしれません。60度3連装で、紳士が三人並んで向かいあい気味で砲撃する有様を想像すると、なんとなくほほえましい気持になります。

ついでに、博物館近所の街並みです。色遣いが日本人感覚では、ちょっと・・・・って感じなのですが、英国人にはベストなのでしょう。

聖地のご本尊様『Locomotion号』を拝んだ私たち一行は、つぎの目的地ヨークの国立鉄道博物館を目指したのです。そっちの方は、またいずれ。


明日からはまた日本モードに戻りましょう。


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スイスの軽便鉄道(WAB) [欧州鉄道風景2003年]

今日もソネット・ブログは重い、そしてページ作成中に突然機能しなくなる。そうこうしている内に、またもこんなテロップが出て・・・・・・・つながらなくなりました。

その後、復旧前に出掛けてしまい帰宅が22時過ぎ。PC、立ち上げて接続したら、動いています。使えそうな感じ。もう落ち着いて書いてる時間も無く、本日休業にしましょう。

とは言うものの画像を3枚ほど・・・・・・2003年の10月、鉄道大好き仲間とスイス、イギリスに旅しました。もっぱら鉄道・鉄道・鉄道漬けの日々だったんですが、そのときに訪問した、スイスのユングフラウの山麓を行く、登山鉄道が、実に良い軽便鉄道だったのです。
ヴェンゲルンアルプ鉄道(略称WAB)、軌間800ミリ、全線ラック(リッゲンバッハ)、最急勾配250パーミル、全線距離19.1km、グリンデルワルト~クライネシャイデック~ラウターブルンネン間。

大いに気に入りました。電車、電気機関車、貨車など賑やか。
その中から、2軸のラック式電気機関車。
もう、可愛いの何のって・・・・・・・・・。

如何やら運転室は片方にしかないようです。日本の国鉄ED42などは片運でしたね。No.65。連結器がまるでHOのベーカー形みたいです。

同じ形式とおぼしき、No.54。上とは反対側のサイドです。

No.54の運転台の無い側。こっち側の連結器にはフックがありません。

撮影はラウターブルンネン駅構内。


So-net blogは、何とか動くみたいです。早く安定して欲しいものです。

今夜は、こんなところでお仕舞いにしましょう。


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土佐電鉄と高知の街並み/1961年 [管理人から]

6月7日、JTBパブリッシングが発刊している『キャンブックス』の鉄道シリーズから・・・・
『土佐電鉄(とでん)が走る街・今昔』
・・・・という本がでました。税込み1,890円。すでに書店に置かれています。地元で生活されている方の視点で、とても良く書かれています。
私の写した写真も何枚か使っていただきました。
そんな訳で、宣伝してしまいます。もし興味が御座いましたら、書店でお手にとってご覧になってみてください。
 (表紙です)

現役路面電車、最古の土佐電鉄は明治37年の開通以来、100年を超す歴史を持っています。私のルーツの半分は土佐の高知。そんな訳で行った回数も数知れず、親しみの持ち方も、ひと通りではありません。その割に、電車は写してないのですが・・・・と、多少、悔やんでおりますが。

そんな私が、写した土佐電鉄(地元では、親しみを込めて「とでん」と呼ばれています)の写真を少々。時は1961年10月、写したカメラはオリンパスペンなので画質は期待できませんが・・・・・場所は全て、今の高知城前、当時の公園通り電停付近です。・・・・・ご覧下さい。

319(2軸単車)

上の写真のバスの部分を拡大しました。
・・・・・アポロ(ご存知の方はご存知の方向指示機器)が出てます。

617

220・・・・総括制御仕様車

157(2軸単車)

二人乗りの自転車高校生、のどかなものです。自転車は車道左端一列走行。歩道は歩行者が安全に歩けた時代でした。このあとクルマが増えて、自転車は交通被害者となり、歩道に転進、交通加害者となって行きます。私くらいの年頃になりますと、無音で後から近づく自転車は怖いです。

157。これも2軸単車ですが、2軸単車の路面電車は全国的に見ても、当時では、そう珍しい存在ではなかったような気がします。

159と152

  拡大しました


土佐電鉄は、いまでも、外国からきた電車、他の都市から、会社からきた電車も交えて・・・・・超低床車もあるし・・・・・元気に走りまわっています。


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So-net_Blog未だ復調せず [小田急・江ノ電・箱根登山]

ソネットさん、ブログは未だ治っていないようですね。動作が遅くって如何にもなりません。
今日のところは、特に書く事も無く、起こりそうもないので、本日休業。そのお知らせのテロップ替りに、昔々の小田急画像。・・・・と、いっても、ホームページとかで公開済みなんですが。

昭和38年頃(・・・・遅くとも40年まで)、小田急、新原町田駅の小田原方面行きホームから、新宿方面行きのホームを見ています。電車はクハ2450形。
当時の、ポスターなんですが、ご記憶の方はいらっしゃいますか?
彼女、元気かなあ?芸能活動してるかなあ?

 

次ぎの企画を捻り出すのに、無い脳味噌を絞ってるんですが、なんにも出て来ない。何とかしなくっちゃあスタート時に自分に課した目標『日々更新』を達成できない・・・・・う~ん!!!などと、営業職時代を思い出し苦悩する私(笑)。


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昭和50年・関西の旅から(5) [1970年代の関西電車]

昨日6月12日月曜日、0:00~15:00はSo-netブログのメンテナンスで読み書き不能と言う事は判っておりましたが、予定よりも延びに延びて、19時前に一旦終了、高速化実現と喜んでいたんですが、意外に速度が遅い。そうしてら、再びメンテのお知らせが出て、なにやら工事中。今朝、回復したようなのですが、何かこう、まどろっこしい動きです。私のCPUが500MHZでADSLが3MBだからかなあと、ひがんでしまいますね。

昨日は、このページに書きましたように小田急見物してたんですが、今日は午後3時まではフリー。整理整頓雑用の宿題を少しでも片付けよう!

・・・・で、今日のお話。ちょっと、前振り、長かったなあ。ごめんなさい。

■■ 昭和50年・関西の旅から(5) ■■

1975年6月1日のメモも無く、関西電車観光も歩き回った順序が判らなくなってる。そこで、関西在住の鉄道愛好の方、MTさん、AYさんに写真をチェックして頂いて、段々全貌が見えてきました。お二方に御礼申し上げます。

さて、巡回のコースは・・・・・

どうやら、名古屋から近鉄特急で大阪入り鶴橋~難波~淀屋橋~京阪特急~四条~三條~七条~徒歩~河原町~阪急特急~十三~阪急特急~三宮~阪神~芦屋~阪神~梅田~難波・ホテルチェックイン~南海~住吉公園~南海・阪堺線撮影・・・・・・・・
・・・・・あとは何が何やらさっぱり!

まあ、こんな事らしい。

そういうわけで、京阪の特急3000系の前頭部に乗ってます。


野江あたりの複々線区間。すれちがう2000系は淀屋橋行きの普通電車。

電車は京都は四条に到着、光線状態を考えたんでしょうか、ここで下車しております。そのホームで何枚か写している。

乗った電車が出て行くところらしく思われます。大好きな3000系特急車。テレビカー組みこみ。京阪って小窓の並んだ良い電車が多く、いろいろと思い出に残っています。700形、1000形、1700形、1800形、1900形・・・・そして3000で完成したと思ったものです。
出発信号機のところが、いきなり場内信号機ってのはスゴイ。まあ、次ぎの終点・三條駅はすぐそこなんですが・・・・・。

そう言えば、ここは京都市電との平面交叉でしたね。あのジョイントを刻む音を覚えています。

スーパーカー2000ですね。この車体、結構、好きなんですよ。

そして、三條まで行っておりますが、写したのはこの一枚のみ。

左の横顔は300形、右は四宮行きの80形・・・・・江ノ電の初代500もポールが似合ったが、ポール集電の80は、更に格好良かった。

四条に戻って四条大橋をわたり、阪急の河原町駅に行く時に写した市電。
5系統・京都駅行きのワンマンカー1919。

右端に半分写ってるマツダ・キャロルも懐かしい。

そして、多分、阪急2800形(好きっ!!!!)の特急に乗って十三駅まで乗り、前々回の、阪急十三駅のシーンにつながるわけです。経路については二転三転ですいません。メモ無しの30年ってのは完全記憶は困難と思いますが、ここまで綺麗に忘れているとは驚きます。

今回で、1975年(昭和50年)6月1日の関西の旅(1)~(5)は御仕舞です。

では、また明日。次回は何を展示するか前々考えておらず、日替り更新の困難さに直面。立ちすくむ、む~さんであります。


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予定変更で『今日の小田急』です [小田急・江ノ電・箱根登山]

So-netブログのサーバーメンテナンスは、0:00~15:00の予定だったのが、18:00になっても完了せず、心配しましたが、一応動き出したようです。早速、ブログの作成に掛かる。でも、やっぱり遅いし、あとでやり直せとのメッセージも出る。これで、改善されたのだろうか???
今夜の写真10枚分のデータ転送も何度も失敗したし、前途不安のSo-netブログではあります。

さて、今日は1975年6月の京阪電車の写真のつもりでしたが、ちょっと出かけましたので、そのご報告です。

江ノ電の新500形を見に行こうと家を出て、町田の街で雑用を何件か済ませる。11時半になり、最近一寸ご無沙汰の韓国料理店『一楽』で『ユッケジャン・クッパ』714円の昼食。

江ノ電訪問と行こうと、確認の為に会社に電話したところ、今日は車庫で寝ているとのお話。残念だけど、予定変更。小田急見物に切り替えました。

小田急町田駅そばの踏切で、何枚か電車を撮影。

この踏切で写した1966年(昭和41年)のデハ2600です。バックの空が広いですね。

同じ踏切での今日の写真。電車はデハ8000形。

特急もやってきた。12時20分発新宿行き『さがみ』。10000系HiSEでした。この形式も、三本中2本が長野電鉄へ行き、残るこの一本も、そう長くはないと思われます。

町田駅の新宿方にぶらぶら歩いて行く。折り返し用の引き上げ線があるのですが、3000系が待機中でした。この3000、防音バージョンでした。たしか防音電車はデビュー時は床下全部にカバーがかけられていましたが、電動車の台車部分のみになっていました。


こんなカバーで防音効果があるのでしょうか・・・・・あるんでしょうね。効果があったからこそ、こうして居るのでしょう。

新宿方面に更に歩いて、某TV局系の住宅展示場あたりまで来ました。ここで、何枚か写します。

デハ7000系ロマンスカー。

廃車の噂も聞えてきたデハ5200系。

まあ、そんなこんなで、今日の電車観光はお仕舞いにしました。先週は、火曜日から日曜日まで仕事が続き、かなり疲労したんですが、昨夜は、4時間しか眠れず、疲労回復って訳には行かなかった。いや~、疲れが何日も残るなんて、かなり強力な老人力がついてきたようです。

駅から北西方向に離れる方向に1.2キロほど歩いて行くと、ご贔屓のファミレス『デニーズ』があります。ここで珈琲など飲みながら一休み。

このお店は何故かほっとします。


今日の報告はこれでお仕舞いです。明日は1975年の京阪電車です。


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